戸田和幸がW杯準々決勝を徹底分析 ブラジルを惑わせたベルギーの「奇策」

スポーツナビ

ブラジル相手にベルギーが打った奇策

左SBのマルセロにあえてルカクをぶつけたベルギー 【Getty Images】

 そして驚くべきは、通常、マルセロのサイドを抑えようと考えるはずの相手チームの守備が、この試合ではマルセロをフリーで攻め上がらせるものだったということでした。

 ここまで長々ブラジルについて書かせてもらってきましたが、その理由は、ベルギーがブラジルの持つ“偏ったプレーモデル”を分析・理解し、この試合特有の戦術を考案して臨んできたからではないかと考えたからです。ベルギーが用意したプランニングが、僕にはあまりに特殊でリスキーなものに思えました。

 この試合、ベルギーは4バックを採用しました。これに関しては後ほど説明しますが、前線の配置を見ると、左にE・アザール、中央にケビン・デ・ブライネ、そして右にロメル・ルカクという、両ウイングがサイドに大きく開いたものでした。

 マルアヌ・フェライニがスタメンと知った時、中盤の守備を強化し、デ・ブライネを1列前に上げ、この特別な選手が持つ一番の魅力である攻撃時の抜群のポジショニングセンスとオフ・ザ・ボールの動き、そしてゴールに直結するラストパスを活用するのだなと受け取りましたが、実際の役割は違うものでした。ルカクを右に置く意味は、マルセロをマークすることではなく、マルセロが攻め上がることでいなくなったスペースに残り、カウンターの起点となるためのものでした。

 左に置かれたE・アザールの役割は、ワイドに張って攻め残りをし、左右両方からのカウンターにエネルギーを蓄えておくこと。これにはブラジルの攻撃が左に偏っていることと、おそらくはE・アザールが攻め残りをすることでファグネルは攻撃参加を自重するはずだという、マルティネス監督の「読み」もあったと思います。

 そして中央に陣取ったデ・ブライネに課せられた役割は、守備的MFながら優秀なディストリビューター(配球役)であるフェルナンジーニョの監視役と、カウンター時の最終局面で仕事をすること。これがこの試合でベルギーが用意したプレーモデルでした。

 そして驚くべきは、この戦術を「ブラジル」を相手に見せたことです。アウベスはいないものの、ワールドクラスの選手を数多くそろえるブラジルを相手に、前線に3人を残して守備を行うというとてもリスキーな発想に驚かされました。

 ましてや世界最高の左SBであるマルセロを「あえて」野放しにするという「奇策」としか表現しようのない守備戦術を考案。加えて中盤はフェライニがコウチーニョ、ナセル・シャドリがパウリーニョに「ほぼ」マンマーク。2CBにはあえてフリーでボールを持たせ、全体的に前掛かりにさせて、奪ったところからカウンターを狙う。これがこの試合に勝利するために、マルティネス監督が考え出したゲームプランでした。

 結果としては、ある時間まではこの特殊な戦術は見事に機能し、前半で2点のリードを奪えたことが勝利につながりました。この試合用の非常に特殊な戦術を用いたベルギーに対し、試合が始まった直後からブラジルは大きな違和感を覚えたのではないでしょうか。ものの見事に敵陣へと引きずり出され、カウンターで仕留められてしまったブラジル。試合開始直後から感じていたのではないかと思う「違和感」を払拭するより前に、2失点してしまったことが悔やまれると思います。

高さというアドバンテージ

ベルギーはブラジルに対し、高さというアドバンテージがあった 【Getty Images】

 この試合、ベルギーが採用した戦術で特徴的だったのは、守備時は4バック、攻撃時は3バックに変更するというものでした。守備時に4バックを選んだ理由は、カウンターを打つために3枚が必要だということ。それからブラジルの攻撃が左に偏る傾向にあり、右はウィリアンの単独突破に依存しているということが「5枚は必要ない」という考えに至った理由だと思います。

 ベルギーの選手たちは監督から与えられた各々の役割を忠実に遂行しながら「その時」を待つことになりましたが、ブラジルは当然ながらマルセロ、コウチーニョ、ネイマールのトリオで左サイドから崩しにかかります。ベルギーがこの守備戦術を採用した理由、3枚を前線に残した状態で自陣深くに引き込んでのカウンターを狙う戦い方を選択した理由の1つには「高さ」があると思います。

 ブラジルと比較した時、ベルギーの持つ身体的な優位性はかなり大きなものがあります。前線に3枚を残すということは、イコール残りの7枚で守りカウンターへとつなげるということになりますが、ボックスの中には入らせない、別の言い方をすればボックスの外側ならいくらでもボールを持たせてもいいしクロスを上げさせても構わない。そう考えている守備に見えました。なぜなら高さには大きなアドバンテージがあるので、仮にクロスが入って来ても絶対に跳ね返せる自信があったからです。

 ブラジルの1トップはジェズスという全てにおいてレベルが高い、この先輝かしい未来が待ち受けているであろう素晴らしいストライカーが構えていました。ですが、残念ながら彼には「高さ」がありません。前述した通り、ブラジルの攻撃は左サイドに3人が集まり、右からはウィリアンによる単独突破。残るは右インサイドハーフのパウリーニョとなりますが、空中戦にも強さとうまさを見せるパウリーニョにはシャドリが常に付きまとい、簡単にはボックス方向に走らせない守備を行っていました。

 残念ながらこの試合ではなかなか見せ場がなく、パウリーニョは後半28分にレナト・アウグストと交代でピッチを後にしました。前半10分のCKの場面では流れてきたボールにフリーで足を振るもミートできず、後半10分にも持ち味である力強い突破からの惜しい場面がありましたが、前半10分のチャンスで決められていたら、その後の試合展開は違うものになっていたという場面でした。

 そしてパウリーニョのシュートミスの少し前、前半8分にもブラジルはCKから大きなチャンスを迎えます。ネイマールが蹴ったボールをミランダが逸らすと、ゴール目の前でチアゴ・シウバが身体に当てましたが、ボールはポストに当たりティボー・クルトワの手の中へ。ブラジルはこの序盤に迎えた2つの決定機を生かせず、逆に前半13分、ベルギーがCKから先制点を挙げることとなります。

左右非対称の形を取ったベルギー

ボールを保持したのはブラジルだったが、ベルギーの戦略にはまった形に 【Getty Images】

 ブラジルの特徴を逆手に取っての特殊な戦術を用いたベルギーに対し、前半はどこかそわそわしたサッカーとなったブラジル。ベルギーは守備時と攻撃時のオーガナイズを変えてプレーしましたが、攻撃でもブラジルを手こずらせました。

 攻撃時は3バックとなり中盤から前はやや流動的、左サイドはシャドリが幅を取ってウィリアンとファグネルの中間ポジションでボールを引き出し、右サイドはトーマス・ムニエがマルセロを押し下げ、その手前にフェライニが入ってくるという左右非対称の形をとっていました。

 先制点のCKにつながった攻撃を振り返ってみると、ヤン・ベルトンゲンから、幅を取りウィリアンの「斜め後ろ」に立つシャドリへパスが出ます。4−1−4−1のブラジルは試合を通じて3バックの両脇に誰がアプローチするのかはっきりすることなく終わりますが、この場面でもフリーのベルトンゲンに対してウィリアンはアプローチせず、幅を取ったシャドリに対するファグネルの寄せも遅れました。自分たちの形がしっかりと頭に入っているベルギーは、シャドリからシャドーポジションにいたルカクへ1タッチパス。ガッチリとキープしたルカクは後ろからサポートに入ったデ・ブライネへリリースします。

 このタイミングで、ルカクの背後へと右から斜めに走ったE・アザールにミランダが付かざるを得なかったため、瞬間的にマルセロとの間に生まれた大きな空間にフェライニが走り込むと、デ・ブライネから必殺のスルーボールが通ります。ゴール正面、フリーでパスを受けたフェライニでしたが、走りながらのコントロールがうまく決まらず。シュートを打ったものの、ミランダがなんとかカバーに入りCKになると、フェルナンジーニョのオウンゴールでベルギーが先制しました。

 守備時は4バックの前に左からシャドリ、アクセル・ビツェル、フェライニの4−3で守り、攻撃時は低い位置からのロングカウンターもしくは後ろを3バックにした形で「ズレ」を生かして敵陣へと入っていく。試合を通じてのボール支配率はブラジルが大きく上回ったため(57%)、ベルギーがボールを保持してブラジルを翻弄(ほんろう)するという場面は多くはありませんでしたが、先制点につながる攻撃は各エリアでポジション優位な状況を作り、寄せてくる相手の鼻先をいなす攻撃で見事に中央をぶち抜き、決定機を作り出しました。

2/3ページ

著者プロフィール

スポーツナビ編集部による執筆・編集・構成の記事。コラムやインタビューなどの深い読み物や、“今知りたい”スポーツの最新情報をお届けします。

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント