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ロシアのバーで感じた開催国の熱狂
日本敗退の寂しさと「負け方」の大切さ

サマラのバーでロシア対クロアチアを観戦

サマラの中心街にあるバーで感じたのは、開催国の熱く盛り上がった空気だった
サマラの中心街にあるバーで感じたのは、開催国の熱く盛り上がった空気だった【Getty Images】

 7月7日(現地時間)、イングランドが2−0でスウェーデンを下し、28年ぶりのワールドカップ(W杯)ベスト4進出を決めた後、私はバスでサマラの中心街まで向かった。どこかにバーはないかと歩いていると「ゴーーール!」という歓声を上げながら若者たちが通りを走り回っていた。後に、それが準々決勝のクロアチア戦で、デニス・チェリシェフが決めたロシアの先制ゴールだったことを知る。


 やっとのことでバーを見つけて、人をかき分け中へ入っていくと、スコアは1−1になっていた。


 おそらく、店の中には60から70人ほどのファンがいたのではないだろうか。テレビのスクリーンを見上げながら、彼らは隣の人としゃべったり、「ロ・シ・ヤ! ロ・シ・ヤ!」と歌ったり、悲鳴を上げたり喜んだりしていた。そのツバが時折、私の顔に飛んできた。じっと試合を見入っている時間帯も、興奮しているのか、後ろの人の息が私の耳や首にかかった。隣の人の濃い体毛や汗が、私の腕を微妙に刺激した。


 正直に言って、不愉快極まりないものだった。しかし、それはまさしく、W杯開催国にやっと訪れた、熱く盛り上がった空気であった。


 バーにいたのはロシア人だけではなかった。インド人たちのグループもあれば、応援を終えて町に戻ってきたスウェーデン人もいた。メキシコやコロンビアのユニホームを来ている人たちもいた。ロシア語を流暢(りゅうちょう)に操る日本人らしき人もいた。


 ロシア人が歌うチャントの内、「ピリョー、ロシヤ!」「ピリョー、ロシヤ!」と掛け合うバージョンは、われわれ外国人にも簡単に歌うことができた。そして、バーは「ピリョー、ロシヤ!」のチャントで1つになった。それは「Вперёд、Россия(フピリョート・ロシヤ=レッツゴー、ロシアの意)」という言葉からきているようだった。

何度も目撃したロシア人のエクスタシー

惜しくもPK戦で敗退したロシア。店内では何度もロシア人のエクスタシーを目撃した
惜しくもPK戦で敗退したロシア。店内では何度もロシア人のエクスタシーを目撃した【Getty Images】

 熱戦にくぎ付けになりながらも、ロシア人たちはしっかり私たちとコミュニケーションを取ろうとしていて、店内にはロシア語と英語が飛び交っていた。私たちは、彼らの「俺たちはFIFA(国際サッカー連盟)ランキング70位の国なんだ。そんなロシアがベスト4の座をかけて、こんなすごい勝負をしているんだ」という魂の叫びを聞き、心を揺さぶられていた。


 延長後半10分、マリオ・フェルナンデスが2−2に追いつくゴールを決めると、ロシア人がコップを投げ上げ、私もビールのシャワーを浴びた。中には不愉快そうな顔をする女性もいた。しかし、すでに私はこの店の空気にすっかりなじんでおり、ビールのシャワーを心地良くさえ感じていた。


 雌雄はPK戦で決することになった。突然、みんながビールの注文をやめた。シーンと静まり返る店内。バーカウンターの中の店員は何もすることがなくなり、手持ち無沙汰になった。その沈黙に「カニを食べているようだな」と私は思った。


 まず、ロシアの1人目のキッカー、フョードル・スモロフが失敗した。「イゴール! イゴール!」とGKイゴール・アキンフェエフへ、祈りを込めた叫びを送る。するとどうだ。遠くソチに私たちの声は届き、アキンフェエフが2人目のキッカー、マテオ・コバチッチのPKを止めたのだ。


 この店に入ってからの短い時間で、私は何回、ロシア人のエクスタシーを目撃したのだろうか。しかし、アンチクライマックスはすぐに訪れた。同点ゴールを決めたフェルナンデスがPKを失敗し、アキンフェエフはもう挽回することができなかった。


 沈痛な面持ちで、われわれはトイレに列を作る。CSKAモスクワのユニホームを着た男が、顔を両手で覆って「どいてくれ」と言いながら、列の前方へ走って行く。「割り込みか」と思ったが、彼はただ単に、泣き顔を洗うために洗面台に向かっただけだった。

中田徹
中田徹
1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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