ロシアのバーで感じた開催国の熱狂 日本敗退の寂しさと「負け方」の大切さ
サマラのバーでロシア対クロアチアを観戦
サマラの中心街にあるバーで感じたのは、開催国の熱く盛り上がった空気だった 【Getty Images】
やっとのことでバーを見つけて、人をかき分け中へ入っていくと、スコアは1−1になっていた。
おそらく、店の中には60から70人ほどのファンがいたのではないだろうか。テレビのスクリーンを見上げながら、彼らは隣の人としゃべったり、「ロ・シ・ヤ! ロ・シ・ヤ!」と歌ったり、悲鳴を上げたり喜んだりしていた。そのツバが時折、私の顔に飛んできた。じっと試合を見入っている時間帯も、興奮しているのか、後ろの人の息が私の耳や首にかかった。隣の人の濃い体毛や汗が、私の腕を微妙に刺激した。
正直に言って、不愉快極まりないものだった。しかし、それはまさしく、W杯開催国にやっと訪れた、熱く盛り上がった空気であった。
バーにいたのはロシア人だけではなかった。インド人たちのグループもあれば、応援を終えて町に戻ってきたスウェーデン人もいた。メキシコやコロンビアのユニホームを来ている人たちもいた。ロシア語を流暢(りゅうちょう)に操る日本人らしき人もいた。
ロシア人が歌うチャントの内、「ピリョー、ロシヤ!」「ピリョー、ロシヤ!」と掛け合うバージョンは、われわれ外国人にも簡単に歌うことができた。そして、バーは「ピリョー、ロシヤ!」のチャントで1つになった。それは「Вперёд、Россия(フピリョート・ロシヤ=レッツゴー、ロシアの意)」という言葉からきているようだった。
何度も目撃したロシア人のエクスタシー
惜しくもPK戦で敗退したロシア。店内では何度もロシア人のエクスタシーを目撃した 【Getty Images】
延長後半10分、マリオ・フェルナンデスが2−2に追いつくゴールを決めると、ロシア人がコップを投げ上げ、私もビールのシャワーを浴びた。中には不愉快そうな顔をする女性もいた。しかし、すでに私はこの店の空気にすっかりなじんでおり、ビールのシャワーを心地良くさえ感じていた。
雌雄はPK戦で決することになった。突然、みんながビールの注文をやめた。シーンと静まり返る店内。バーカウンターの中の店員は何もすることがなくなり、手持ち無沙汰になった。その沈黙に「カニを食べているようだな」と私は思った。
まず、ロシアの1人目のキッカー、フョードル・スモロフが失敗した。「イゴール! イゴール!」とGKイゴール・アキンフェエフへ、祈りを込めた叫びを送る。するとどうだ。遠くソチに私たちの声は届き、アキンフェエフが2人目のキッカー、マテオ・コバチッチのPKを止めたのだ。
この店に入ってからの短い時間で、私は何回、ロシア人のエクスタシーを目撃したのだろうか。しかし、アンチクライマックスはすぐに訪れた。同点ゴールを決めたフェルナンデスがPKを失敗し、アキンフェエフはもう挽回することができなかった。
沈痛な面持ちで、われわれはトイレに列を作る。CSKAモスクワのユニホームを着た男が、顔を両手で覆って「どいてくれ」と言いながら、列の前方へ走って行く。「割り込みか」と思ったが、彼はただ単に、泣き顔を洗うために洗面台に向かっただけだった。