初優勝の期待と開催国の敗退 日々是世界杯2018(7月7日)

宇都宮徹壱

「20年周期の初優勝」説に従うならば……

今大会のファンフェスト会場。他会場のすべての試合を無料でリアルタイムに楽しむことができる 【宇都宮徹壱】

 ワールドカップ(W杯)24日目。この日は準々決勝の2日目。サマラではスウェーデン対イングランドが、そしてソチではクロアチア対ロシアが開催される。前日の時点でウルグアイとブラジルが敗退し、大会は「欧州選手権(ユーロ)2018」の様相を呈しているが、その一方で9カ国目となる優勝国が誕生する予感を秘めた大会となっている。思えば1958年のスウェーデン大会でブラジルが初優勝して以降、78年大会ではアルゼンチンが、そして98年大会ではフランスが、それぞれ地元開催で初の栄冠に浴している。この「20年周期の初優勝」説に従うならば、まさに今大会が該当する。

 とはいえ──現段階でそれに該当するのは、ベルギー、クロアチア、スウェーデン、そして開催国のロシアである。優勝チームの「格」というものを、どうしても求めてしまうファンも少なからずいるだろう。確かにこれら4カ国は、どうひいき目に見てもフットボール「大国」とは言い難い。それでも、いずれも過去のW杯において、ベスト4以上の成績を収めた、輝かしい歴史を持っていることは留意すべきだ(ロシアはソビエト連邦時代の66年大会)。またベルギーとスウェーデンは、1904年にFIFA(国際サッカー連盟)の設立会議が開催された時のメンバー。いわば「最古参」でもある。

 これまでW杯を制した国は(優勝順に)、ウルグアイ、イタリア、ドイツ(西ドイツ時代含む)、ブラジル、イングランド、アルゼンチン、フランス、スペインの8カ国のみ。このうち、イタリアは今大会の予選で散り、ドイツはグループステージ敗退、アルゼンチンとスペインはラウンド16で、そしてウルグアイとブラジルは準々決勝で姿を消した。これにイングランドも続くとなれば、いよいよもってわれわれは、新たなワールドチャンピオンの誕生を意識しなければなるまい。残念ながら、ここカザンではもうW杯のゲームは行われないが、ファンフェストがある。週末ということもあり、地元ロシアの試合は大盛況となるのは確実だ。

 ファンフェストとは、FIFAが主催するパブリックビューイング会場である。今大会の11の開催都市すべてに設置されており、カザンのファンフェスト会場は2万5000人が収容できる巨大なものであった。私が到着した時には、すでにスウェーデン対イングランドの試合が終わっており、ステージではさまざまな演奏や踊りが披露されていた。個人的に感慨深かったのが、ロシア国歌のジャズバージョンが演奏されると、会場にいた若者たちが声高らかに唱和していたことである。ロシア国歌が、かつてのソビエト連邦国歌と同じメロディーであることを知る世代としては、それは何とも不思議な感覚であった。

祖国のナショナルチームへの感謝の念

延長後半10分、ロシアが同点に追いついたときのファンフェストは、文字通りのお祭り騒ぎに 【宇都宮徹壱】

 この日、サマラで行われた準々決勝では、2−0で勝利したイングランドが90年イタリア大会以来となるベスト4進出を決めた。セミファイナルの残り1枠を勝ち取るのは、20年ぶりの快挙にあと一歩と迫ったクロアチアか、それとも国民の大声援を受けて勢いに乗る開催国ロシアか。試合会場のソチのスタンドとシンクロするかのように、カザンのファンフェストも「ロシア! ロシア!」の大声援で熱を帯びる。そして試合は前半31分、デニス・チェリシェフの左足が炸裂してロシアが先制。クロアチアも8分後、マリオ・マンジュキッチのクロスにアンドレイ・クラマリッチが頭で反応して同点に追いついた。

 FIFAランキング70位のロシアは、ここまでの戦いがフロックではないことを証明するかのように、前線からのプレッシングを徹底した果敢な戦いを見せている。対するクロアチアは完全アウェーの状態で、しかもセカンドの黒いユニホームということもあり、まさにヒールそのもの。実力伯仲の試合はさらに盛り上がる。そして1−1のスコアで90分を終えると、クロアチアは延長前半11分にCKからドマゴイ・ビダがヘディングでネットを揺らして逆転に成功。しかしロシアも延長後半10分、こちらもFKのチャンスからマリオ・フェルナンデスが頭で決めて、土壇場で2−2とする。

 結局、120分でも決着はつかず。ロシアもクロアチアも、ラウンド16に続いてのPK戦となった。先攻のロシアは、1人目のフョードル・スモロフがダニエル・スバシッチの好判断に止められ、3人目のフェルナンデスのキックはわずかに枠外へ。後攻のクロアチアは、2人目のマテオ・コバチッチがイゴール・アキンフェエフのセーブに阻まれるも、残り4人は全員が成功した。それまで一喜一憂していたファンフェストの会場は、最後のキッカーであるイバン・ラキティッチがネットを揺らした瞬間、一気にため息が充満する。ここにクロアチアのベスト4進出が決まり、今大会におけるロシア代表の冒険は終わった。

 ソチからの映像が途切れると、会場のMCが何度も「スパシーバ(ありがとう)」という言葉を繰り返していた。感謝の言葉は、2時間以上にわたり応援していた観客に対してであり、そしてロシア代表に対してであろう。「感動をありがとう」という言葉は、個人的には若干の抵抗感を覚えてしまう。それでもセミファイナルが始まるまでの間は、国民に勇気と誇りを与え続けた代表チームに、ロシア国民は無条件の感謝の念を抱き続けてよいとも思う。それにしても、開催国ロシアも去ることになり、ますます寂しさが募る思いがする。日付も変わり、今大会も残すところ1週間となった。
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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