犠牲を伴ったロシアW杯での日本の快挙 「美談」で覆い隠すべきではない反省点も

宇都宮徹壱

本大会で明らかになった攻守のオプション不足

ハリルホジッチ監督が伝えてきたエッセンスは、確実に現チームに浸透していた 【Getty Images】

「ハリルホジッチ監督が伝えてきたコンタクトの強さとか、縦への速さとか、間違いなく必要とするところではありますし、選手もそういう感覚は持っています」──。前述の会見で、前任者の功績を指揮官は認める発言をしている。西野監督が、短期間での立て直しに長けたタイプだったかというと、決してそんなことはないと私は考える。ただし、状況に即して現実的な判断ができる指導者ではあった。「(前監督のスタイルを)継承できるための、自分なりのアプローチというものはチームに与えてきたつもりです」というコメントは、まさに当人の自負が込められたものに感じられた。

 1トップに大迫勇也、トップ下に香川、そして両ワイドは右に原口元気、左に乾という攻撃陣は見事に機能していた。中盤の底では、長谷部のパートナーに選ばれた柴崎がチームの心臓としてフル稼働。スタメン唯一の国内組であった昌子は、最後列で吉田麻也と息の合った守備の連係を見せていた。そして、酒井宏樹と長友の両サイドバック、守護神の川島永嗣は不動。とりわけ香川と乾に関しては、最終メンバー発表当初はコンディション不調が顕著だったが、「本番には間に合う」と決断した西野監督の彗眼は見事というしかない。柴崎をチームの中心に据えたのも、結果として大正解であった。

 とはいえ西野監督の決断については、すべてが正しかったとは言い難い。今回の23名の最終メンバー選考については、今もって疑念を挟まずにはいられないからだ。とりわけ悔やまれるのは、原口と乾のバックアッパーとして計算できる選手をチョイスしなかったこと。コンディションが万全ではない岡崎、そしてプレースタイルが異なる宇佐美貴史に、その任を与えてしまったのは失敗だったと言わざるを得ない。久保裕也と中島翔哉を選んでおけば、スタメン6枚を替えたポーランド戦で冷や汗をかくことはなかったし、流れを変える切り札にも使えたはずである。

 攻撃面だけでなく、守備面でのオプションにも不満が残る。ベスト8進出が懸かったベルギー戦。相手が高さで仕掛けてくる中、なぜ余ったカード1枚で植田直通をピッチに送り出さなかったのか。中盤の守備を安定させるオプションが、山口蛍しかいなかったのもやるせなさが残る。どんな相手に対しても「常に受け身にならない」という、西野監督の基本姿勢は尊重する。それでもW杯という大舞台であれば、対戦相手のスタイルや試合の状況の応じた守備のオプションは不可欠であった。極論するなら「逃げ切りのための切り札」不在が、ベスト8進出の道を閉ざしたとさえ言えるのではないか。

「未来」を犠牲にして得られたラウンド16進出

チームの中心となった柴崎も、次のカタール大会では30歳となる 【Getty Images】

 今大会の日本代表を総括するにあたり、「西野監督が2カ月で結果を出した」ことのみを評価するのは、さまざまなミスリードを誘発するので控えるべきだろう。前述したとおり、そもそも「2カ月しか与えられなかったこと」自体が問題なのであり、現実主義の西野監督は前任者のベースを有効利用する他なかったからだ。それでも、コンディション重視でメンバーを選び、本気でベスト8進出するためのあらゆる努力を尽くしたことについては、心から拍手を送りたい。そのことを前提とした上で、反省点を3つ指摘しておく。

 まず(再三にわたり指摘してきたことだが)、ハリルホジッチ前監督の解任が「コミュニケーション不足」で済まされてしまったこと。実際のところ、一部の選手からの不満に押される形で監督交代が断行されたことは、田嶋会長やハリルホジッチ前監督も会見の中で触れていることから、事実と見て間違いないだろう。「主力選手から不満が出れば、監督を替えてもいい」という今回のケースが既成事実化することは、JFAにとっても決して好ましい事態ではない。

 これと関連して次に指摘したいのが、今回の成果がブラジル大会以降の強化方針を否定して得られた、ということである。西野監督による成功事例を曲解することで、長期的なビジョンによる強化方針が軽視され、フレンドリーマッチの結果次第で監督の首がすげ変わることが常態化するリスクは決してゼロでない。もしそうなれば、王族が支配する中東諸国の刹那的な強化を、われわれは笑えなくなってしまう。これら将来的なリスクを回避するためにも、今回の解任劇の「本当の理由」について、誰もが納得できる説明をJFAには求めたい。

 最後に指摘したいのが、世代交代についてである。今大会の23人の平均年齢は28.32歳。歴代W杯メンバーで最も高く、28歳を超えたのは今回が初めてだ。ベテラン偏重のツケは、当然ながら4年後に払うことになる。フィールドプレーヤーで最も若い年代は94年生まれだが、4年後にはいずれも27歳になっている。チームの中心となった柴崎も、次のカタール大会では30歳。いささか厳しい言い方をするなら、今大会の快挙は「未来を犠牲にして得られた快挙」と言えるのかもしれない。

 日本代表の新監督には、前米国代表監督で元ドイツ代表のユルゲン・クリンスマンの名前などが挙がっているという。また、西野体制でのコーチングスタッフだった、森保一五輪代表監督を兼任させる案もあるようだ。いずれにせよ、今大会およびこの4年間をきちんと総括せずに、次の4年に向けての健全なスタートなどあり得ない。何度も繰り返してきた過去の過ちを、今度こそ改める好機であることを、JFAとしてしっかり認識してほしいところである。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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