勝ち進む日本代表から得られるエネルギー 日々是世界杯2018(7月1日)

宇都宮徹壱

決戦の地となるロストフ・ナ・ドヌへ

ベルギー戦の会場となるロストフ・アリーナは4万3472人収容。この日は残念ながら内部を見ることはできず 【宇都宮徹壱】

 ワールドカップ(W杯)18日目。この日はモスクワにてグループB1位のスペインとグループA2位の開催国ロシアが、そしてニジニ・ノブゴロドにてグループD1位のクロアチアとグループC2位のデンマークが対戦する。前日には、アルゼンチンとポルトガルの敗退が決まり、ハビエル・マスチェラーノがアルゼンチン代表から引退することを宣言。果たして、リオネル・メッシやクリスティアーノ・ロナウドは、どんな決断を下すのだろう。一発勝負のノックアウトステージは、新たなスター選手が登場する一方で、こうした別れの瞬間がふいに訪れるので、本当に目が離せない。

 さて、この日はカザンからモスクワ経由で、ベルギー対日本のラウンド16が行われるロストフ・ナ・ドヌへの移動となった。ロストフ・ナ・ドヌは、今大会の開催都市の中ではソチに次いで2番目に南にあり、「ボルゴグラードと同じくらい暑い」という話を耳にしていた。実際に到着してみると、確かに日差しは強いものの、日中の気温は29度。試合が行われる21時(現地時間、以下同)にはもっと下がっていることだろう。ちなみに地名の由来は「ドン川にあるロストフ」という意味で、ヤロスラブリ州にあるロストフと区別するためにつけられている。歴史的には向こうのほうが長いが、街の規模はこちらのほうが大きいらしい。

 さて、サランスクから始まった日本代表の冒険は、アジアとヨーロッパの境に位置するエカテリンブルク、そして灼熱のボルゴグラードを経て、ドン川の河口にあるロストフ・ナ・ドヌにまでたどり着いた。日本が2大会ぶり、3回目となるラウンド16に到達したことも感慨深いが、こうして今も日本代表を追いかける旅が続いているのも、実に得難い経験である。確かに移動そのものは大変なのだが、前回のブラジル大会のような心理的な消耗がないのが救いだ(おそらくそれは、サポーターも同様ではないだろうか)。代表チームがW杯を戦い続けることで得られるエネルギーというものを、今大会ほど感じられたことはない。

 ラウンド16の会場となる、ロストフ・アリーナのメディアセンターに到着すると、閑散とした中にも地元のボランティアたちがどことなくそわそわしている様子が伝わってくる。この日のロシアの試合が気になって仕方がないのだろう。17時キックオフのスペインとの試合は、前半12分のオウンゴールでスペインが1点リードしていた。「やっぱり厳しいかな」と思っていたら、41分にPKのチャンスを得たロシアが同点に追いつく。メディアセンターに「わあ!」という小さな歓声が起こった。開催国の大健闘に興味をそそられながらも、西野朗監督の前日会見に向かうことにする。

西野監督が「PK戦の練習をしない」理由とは?

この日の日本の前日練習は、FCロストフのスタジアムで行われた。取材中、ロシアの勝利に小さな歓声が漏れる 【宇都宮徹壱】

「われわれにも勝機が、ピッチのどこかに落ちていると思うので、それを全員で拾っていきたいと思います」──それが、ベルギー戦に臨む西野監督の決意表明であった。FIFA(国際サッカー連盟)ランキング3位対61位の対戦。ノックアウトステージで、これほど実力差がある顔合わせも珍しい。日本に勝機があるとすれば、ギリギリまでタイスコアに持ち込み、最後はPK戦で何とか競り勝つ、というのが最も現実的であろう。少なくとも、グループステージ初戦のコロンビア戦のようなラッキーは、もはや期待すべきではない。

 しかし指揮官は、PK戦の可能性については、やや否定的な見解を示している。いわく「これまで自分が代表でないチームを預かってきた中で、タイトルを取れるかどうかというPK戦というのはありました。しかし一度たりともPKのトレーニングをしてから入ったゲームはないです」。その理由は、PK戦の緊張感を練習の中で再現するのは「不可能」で「意味がない」から。その上で、「明日はそこに至る前に決着をつけたい」としている。ちなみに西野監督がJクラブ監督時代、決勝でPK戦を経験しているのは、ナビスコカップで2回。柏レイソル時代の1999年は優勝し、ガンバ大阪時代の2005年は準優勝に終わっている。

 では、GKの立場としてはどうだろう。スタメン出場が濃厚な川島永嗣にとり、5シーズンプレーしたベルギーとのW杯での対戦は「運命的なものを感じる」ものであるが、もしもPK戦となれば8年前のラウンド16(対パラグアイ戦)以来のこととなる。練習後のミックスゾーンでそのことを問われると、「特別何かするということもないし、自分はPKが得意だとも思っていない。そういう状況になれば、自分を信じでやるしかないですね」と、実に淡々とした答えが返ってきた。とはいえ、もしも「そういう状況」になれば、ぜひ8年前のリベンジを果たしてほしいところだ。

 その後の前日トレーニングは、なぜかロストフ・アリーナが使用できず、FCロストフの古いスタジアムで行われることとなった。冒頭15分の公開の時、またしても周囲がざわつくのを感じる。どうやらロシアがPK戦の末にスペインを破り、堂々のベスト8進出を果たしたようだ。その後、21時から行われたクロアチア対デンマークも、やはりPK戦までもつれ、こちらはクロアチアが勝利。やはり一発勝負のノックアウトラウンドは、ランキングだけで予想するのは難しい。その意味でベルギーとの一戦は、日本にとって必ずしもチャンスはゼロではない。が、少なくともPK戦の前に決着をつけられるほど、決して容易なゲームとはならないだろう。西野監督の割り切りが、吉と出ることを願うばかりである。
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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