メッシが去りエムバペが輝いた歴史的一戦  日々是世界杯2018(6月30日)

宇都宮徹壱

注目は両チームの対照的な「10番」

カザンの観光スポット、バウマン通りでは両チームのサポーターがメディアの取材を受けていた。こちらはフランス 【宇都宮徹壱】

 ワールドカップ(W杯)17日目。この日はカザンにてグループC1位のフランスとグループD2位のアルゼンチンが、そしてソチにてグループA1位のウルグアイとグループB2位のポルトガルが対戦する。2日前の28日(以下、現地時間)にグループステージの48試合がすべて終了。出場32チームは16チームに絞られ、いよいよ大会は「負ければ終わり」のノックアウトステージに突入した。その先陣を切るのが、今回取材するフランス対アルゼンチンである。このゲームを取材するべく、私もボルゴグラードからモスクワを経由して、半日がかりでカザンに到着した。

 これが6大会連続15回目の出場となるフランスと、12大会連続17回目の出場となるアルゼンチン。優勝経験は、フランスが1回(1998年)でアルゼンチンが2回(78年と86年)。いわばW杯の常連同士の対戦になるのだが、意外と「名勝負を演じた」という記憶が薄い。実のところ、両者のW杯での対戦は過去2回(アルゼンチンの2戦2勝)、一発勝負のトーナメントで顔を合わせるのは今回が初めて。注目は、両チームの対照的な10番であろう。希代のスピードスターでありながら、老かいな得点感覚を持つ19歳のキリアン・エムバペ。そしてこれが最後のW杯と目される、31歳のリオネル・メッシである。

 さて、ドイツやポーランドといったFIFA(国際サッカー連盟)ランキング1桁の強豪は脱落したものの、グループステージが終わってみると、ランキングの序列はそれなりに反映されていることに気付かされる。16チーム中14チームは、2位(ブラジル)から24位(スウェーデン)で占められており、当然ながらゲームのレベルやインテンシティーも、グループステージと比べものにならないくらい高いものとなる(ゆえに61位の日本がここに参加する意義は大きい)。そしてもうひとつ、ノックアウトステージで注目すべきは、一発勝負であること。ここで敗れれば、W杯でのメッシやクリスティアーノ・ロナウドは、これが見納めとなるかもしれないのである。

 そんなことを考えているうちに、カザンでのゲームは17時にキックオフ。試合は序盤から激しく動く。前半11分、フランスはエムバペが自陣で相手ボールを拾うと、そのまま一気に加速してドリブルで中央突破。ハビエル・マスチェラーノを振り切ってペナルティーエリアに侵入し、マルコス・ロホのファウルでようやく止まった。当然、主審はPKの判定。これをアントワーヌ・グリーズマンが冷静に決めて、フランスが先制する。しかしアルゼンチンも前半41分、スローインのリスタートから、エベル・バネガが左サイドから中央にボールを送り、これを受けたアンヘル・ディ・マリアが意表を突くミドルを決めて同点に追い付く。こうして、またたく間に前半の45分が終了した。

スーパーゴールをかき消したエムバペの衝撃

カザン・アリーナで横断幕を広げるアルゼンチンのサポーター。負ければ終わりの一戦に応援する側も真剣そのもの 【宇都宮徹壱】

 エンドが替わった後半も、アルゼンチンの勢いは続いた。後半3分、ペナルティーエリア左からのバネガのFKは、いったんはクリアされるも、逆サイドで拾ったメッシが左足でシュート。これが前線にいたガブリエル・メルカドの足に当たってコースが変わり、ついにアルゼンチンが逆転に成功する。しかしフランスも後半12分、バンジャマン・パバールの目の覚めるようなボレーが炸裂し、試合を降り出しに戻した。この時点で、両チーム合わせて4ゴール。とりわけディ・マリアとパバールのスーパーゴールは「さすがにノックアウトステージは違う」と観客をうならせるものであった。

 しかしそれらの残像は、驚異の19歳によってかき消されてしまう。後半19分、リュカ・エルナンデスの低い折り返しに、ブレーズ・マテュイディが反応。シュートは相手にブロックされるも、すぐさまエムバペが拾ってゴールにたたき込み、フランスが勝ち越しに成功。これだけでもニュースだが、その4分後には、オリビエ・ジルーからのスルーパスを受けて、何と2ゴール目を挙げた。10代の選手がノックアウトステージで複数ゴールを挙げるのは、58年大会のペレ以来の快挙。後半44分、強烈なインパクトを世界に与えたエムバペは、笑顔でベンチに下がっていった。

 やがて、アディショナルタイムが4分と表示される。すると、それまで意気消沈していたアルゼンチンのサポーターが、マフラーを振りながら聞き覚えのあるチャントを合唱し始めた。確か、勝利を確信した時に歌われるものだ。しかしスコアは依然として2−4。もしかしたら、これが最後のW杯となるであろうメッシへの惜別の歌だったのかもしれない。その後、セルヒオ・アグエロのゴールでアルゼンチンが1点差に詰め寄ったものの、直後にタイムアップとなり、4−3で勝利したフランスがベスト8一番乗り。敗れたアルゼンチンは、敗戦を受け入れられないのか、試合後10分間はうなだれながらピッチにとどまり続けた。

 取材を終えて、遅い食事をとりながらソチでのゲームをテレビ観戦する。試合はウルグアイが2−1で勝利し、メッシのみならずC・ロナウドまでもがロシアを去ることになった。思えば08年からの10シーズン、バロンドールの受賞者はずっと、この両雄の寡占状態にあった(C・ロナウドは5回、メッシも5回)。このタイトルは、ナショナルチームでの成績も大きく影響するため、これが新時代の到来となるのかもしれない。単に試合のレベルが一段上がるだけでなく、1試合の重みもまた「半端ない」ものとなるノックアウトステージ。それにしても、この歴史的一戦を受け止めるには、今少し時間がかかりそうだ。
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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