アイロニーを含んだ日本代表のGL突破 次のステージを目指し、新たな次元に到達

宇都宮徹壱

最後はフェアプレーポイントをめぐる争いに

長谷部の投入には「このままでいい、カードをもらうな」という指揮官のメッセージが込められていた 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 前半を終えて西野監督は「このままでいいという選択ではダメだと、選手たちにはハーフタイムで伝えました。(中略)アグレッシブに攻撃的に勝ちにいく。そのスピリットでもってピッチに立ってくれ」と選手に伝えたという。すでに指揮官は「6人替え」というギャンブルに打って出ていた。何とか、このメンバーで勝ち点を重ねてほしい。しかし後半始まって早々の2分、日本ベンチは負傷の岡崎を諦めて大迫を投入。このあたりから、西野監督の采配に微妙な揺れが感じられるようになっていく。

 サマラでの試合が0−0で進行する中、後半14分にボルゴグラードで試合が動く。ポーランドは相手陣内のペナルティーエリア付近の左からFKのチャンスを獲得。キッカーのラファウ・クルザワが左足で正確なクロスを供給すると、これをフリーの状態で飛び込んできたヤン・ベドナレクが右足ダイレクトで日本ゴールを揺らした。吉田によれば「ポーランドはセットプレーからの得点が多かったので、失点しないというのを1つのテーマにしていました」とのことだが、まんまとやられてしまった格好だ。

 この5分後の後半20分、西野監督は2枚目のカードを切る。宇佐美に代えて乾。またしても、今大会で結果を残している選手をピッチに呼び戻すことで、何とか攻撃を活性化させたいという切なる願いが伝わってくる。そんな中、サマラで後半29分にコロンビアが先制したとの報が入り、記者席の空気がざわつき始めた。このままいくと、日本とセネガルが勝ち点4で並ぶことになるが、得失点差と総得点でも差がつかないため、フェアプレーポイントで順位を競うことになる。しかし後半21分、槙野がイエローカードをもらっており、コロンビア戦の後半6分にエムバイエ・ニアンがイエローカードを受けていたセネガルとは2ポイント差のリードでしかなかった。

 後半37分、日本は最後のカードを切る。チョイスされたのは長谷部。ベンチに下がったのは、後半も積極的なプレッシングで貢献していた武藤であった。システムは4−1−4−1に変わり、長谷部はアンカーのポジションに入る。実は後半の日本は、柴崎が守備の対応に追われる場面が続いていたため、「もっと早く長谷部を出せばよかったのに」と思っていた。このタイミングでの投入は、実のところ中盤の守備を安定させるだけでなく、「このままでいい。ただしカードはもらうな」という、西野監督のメッセンジャーとしての意味合いも強かったようだ。

西野監督と選手たちにまずはねぎらいの拍手を

「自分たちのサッカー」から決別し、新たな次元に到達した日本。ラウンド16ではベルギーとの対戦が決定 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 かくして日本は、もとい西野監督は「そのまま試合を終わらせる」という決断を下し、それを遂行することを選手たちに求めた。「そのまま」というのはスコアだけでなく、これ以上はイエローカードを出さない、という意味も含まれる。これが西野監督の第2のギャンブル。幸いポーランドは試合に勝つことを重視しており、スコアについてのこだわりはなかったため、無理に攻め込んでくることはなかった。しかし、サマラでセネガルが同点に追いつくリスクも当然残されていた。「そのままコロンビアが逃げ切る」という西野監督の判断こそ、第3のギャンブルだったのである。

 割れんばかりのブーイングにさらされながら、日本の選手たちはひたすらパスを回して時間をすりつぶしてゆく。やがてアディショナルタイムの3分も経過し、終了のホイッスル。サマラでのアディショナルタイムは、もう少し長かったようだ。1分ほどのタイムラグを経て、ようやく選手たちの間に喜びの輪が広がっていく。グループHは、逆転でコロンビアが1位、日本が2位となった。そしてそれは、アフリカ勢唯一の希望だったセネガルを蹴落とし、日本がアジア勢唯一のベスト16進出を果たした瞬間でもあった。

 伝令の役割を果たした長谷部は、「もちろんさまざまな議論はあると思いますけれど、これはしっかりと自分たちが勝ち取った結果として受け止めたいと思います」と語っていた。おそらく日本国内では、この言葉どおりの状況になっていることだろう。これまでアグレッシブなサッカーを信条としながら、最後は他力かつ消極的な采配をとらざるを得なかったこと。決してフェアとは言い難い方法で、フェアプレーポイントを死守したこと。そして何より、2大会ぶりのラウンド16進出を果たしたのに、見る者に素直に喜べない感情を残したこと。さまざまなアイロニーを含んでのグループリーグ突破であった。

 もっとも、現状の日本の置かれた立場を考慮すれば「こうするより他になかった」と言わざるを得ない。コロンビア戦ではアグレッシブなサッカーで運を呼び込み、セネガル戦では西野体制以前の積み重ねを生かして2度のビハインドを追いついた日本。しかし、メンバーを入れ替えてグループ突破を目指すには、やはり戦力と準備の不足は否めず、最後は理想をかなぐり捨てての見苦しい戦術を採らざるを得なかった。その現実をわれわれは真摯(しんし)に受け止めつつ、この決断を下した西野監督と着実に目的を遂行した選手たちに、まずはねぎらいの拍手を送るべきではないだろうか。

「感動をありがとう」とか「自分たちのサッカー(に殉じる)」から決別し、貪欲に次のステージを目指す。日本代表が、そうした新たな次元に到達した瞬間を、ここボルゴグラードでわれわれは目の当たりにすることとなった。そしてラウンド16の対戦相手に決まったのは、グループGを勝ち点9で突破したベルギー。ベスト8を懸けた戦いは、7月2日にロストフ・ナ・ドヌーで行われる。今回の戦い方の是非については、この運命の決戦を見てから判断しても、決して遅くはないだろう。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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