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4年前の反省を生かしてコロンビア撃破
結果を出せば、盛り上がりはついてくる

有言実行の吉田、ファルカオを完封

日本の守備陣をリードし、コロンビア戦の勝利に貢献した吉田麻也
日本の守備陣をリードし、コロンビア戦の勝利に貢献した吉田麻也【写真:ロイター/アフロ】

 2014年ワールドカップ(W杯)ブラジル大会の日本代表は、大会前のファンの期待に応えられず、1分け2敗という不本意な成績でグループリーグを突破することができなかった。最終戦となったコロンビア戦の翌日、日本代表のキャンプ地イトゥで長友佑都が「サッカー選手は華やかというイメージがみなさんにはあると思いますけれど、裏ではしんどいこともたくさんあって、その中で一瞬で結果を残せず終わるのはむなしい」と語るなど、選手たちは悔しさをあらわにしていた。


 あの時、吉田麻也が語ったのは「もっとこういう大舞台で、チームの役に立てる選手になりたい」ということだった。6月19日のコロンビア戦で、昌子源とともに日本のゴール前をしっかり固めた吉田は、有言実行を果たしてみせた。


 日本は前半2度、ラダメル・ファルカオにDFラインの裏を突かれたが、それ以外は完璧に抑えきった。吉田はファルカオと熱いマッチアップを展開し、前に釣り出されて裏を取られそうになっても、必死のスプリントでリターンパスを受けることを許さなかった。


 コロンビアのクロスやセットプレーに対する吉田の高さ、ポゼッション時の安定したボールさばき。中でも、2−1のリードで迎えた80分すぎに見せたドリブルインは、コロンビアの選手たちに「もう、この22番からはボールを奪えない」というダメージを与えたのではないだろうか。


「1−1でも最悪オッケーと割り切って個人的にはやっていましたし、(チームメートにも)それを伝えていました。2−1になった時にも『仮に2−2になっても焦らずにやろう』と声をかけてました」


 コロンビア戦後の吉田の言葉は、チームリーダーのそれだった。


「前回大会の反省も踏まえて、声が通りづらい、指示が通りづらい、コミュニケーションが取りづらいというのは分かっていたので、“各駅”で僕から(柴崎)岳、長谷部(誠)さんに(指示を伝えていった)。僕から(サイドハーフの)乾(貴士)や(原口)元気に伝えるのは非常に難しかったので、そこはハーフタイムに話もした。何よりいい準備をしてきたので、慌てることはなかった」

4年前、内田篤人が語った言葉

試合開始早々に得たPKと相手の退場による数的優位が大きな転機に
試合開始早々に得たPKと相手の退場による数的優位が大きな転機に【Getty Images】

 試合開始早々のPKによる香川真司の先制ゴールと、カルロス・サンチェスの退場という運が日本に味方したのは間違いない。4年前、イトゥの地を離れる直前、内田篤人は「一番手っ取り早いのは、変な言い方だけど、先に結果を出しちゃうこと」と話してくれた。ちょっと抽象的な言葉だったので、「どういう意味ですか?」と尋ねると「僕の感覚なんで、言葉ではうまく言えないですけれど」と前置きして答えた。


「何か分からないけれど勝っちゃう。その後に勢いとか、いろいろとついてくる。 リーグ戦とかで(内容が)よくなくても1つ勝っちゃう。そうすると、そこから連勝できるゲームって多々ある。ホント、先に結果を出しちゃう感じ。すると、なんだかんだで勝っちゃう。悪いゲームでも、悪い内容でも勝っちゃう」


 ロジカルな説明ではなかったが、内田の経験談が今、日本代表の現状とシンクロしている。今回のコロンビア戦は、誰もが予想しなかった試合の始まりが、最後に大きな差を生んで日本が勝った。その結果、「これまで最もW杯で期待されなかった日本代表」と酷評されたチームは日本国中に興奮を生み、2戦目以降への期待が高まったのである。まさに内田が言っていた通り、とにかく初戦に勝ってしまえば、たとえそれが“手のひら返し”であろうとも、ファンやメディアの期待がついてくるのである。

中田徹
中田徹

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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