モロッコの健闘と開催国の冷淡さ 日々是世界杯2018(6月20日)

宇都宮徹壱

JリーグのW杯視察に期待すること

ルジニキ・スタジアムに集まったモロッコのサポーター。残念な形で初戦を落としたが意気軒高 【宇都宮徹壱】

 ワールドカップ(W杯)7日目。この日はグループAの残り1試合とグループBの2試合、合計3試合が行われる。15時(現地時間、以下同)からモスクワでポルトガル対モロッコ。18時からロストフ・ナ・ドヌでウルグアイ対サウジアラビア。そして21時からカザンでイラン対スペイン。この日、私がチョイスしたのは、ルジニキ・スタジアムで行われる、グループBのポルトガル対モロッコである。その前に、19日のサランスクで日本がコロンビアに勝利した試合の「後日談」について触れておきたい。

 日本の初戦には、日本サッカー界のさまざまなVIPが観戦に訪れていた。JFA(日本サッカー協会)名誉総裁の高円宮妃久子殿下と田嶋幸三会長。Jリーグからは村井満チェアマンと原博実副理事長。そしてスポーツ庁の鈴木大地長官までもが当地を訪れていたのにはちょっと驚いた。実はサランスクからモスクワへは、深夜の便で移動したのだが、Jリーグの皆さんと同じ飛行機だったので、村井チェアマンとも少しお話させていただいた。取材ではないので具体的な内容は明かせないが、Jリーグとしても、今大会の日本代表の戦いに大きな感心を寄せていることは、あらためて理解できた。

 思えば4年前のブラジル大会も、就任したばかりの村井チェアマンは精力的に現地観戦していて、そのフィードバックからいくつかの施策を実行に移している。たとえば「フットパス」システム導入による、Jクラブの育成の客観的な評価。あるいはJFAとの協働プロジェクトによる、若手指導者の欧州クラブへの派遣。具体的な成果が見られるようになるには、しばらく時間が必要だろう。それでも、日本サッカーの強化をJFA任せにすることなく、W杯から得た海外指標のトレンドを国内リーグにフィードバックしようとするJリーグの姿勢には、少なからずの期待を抱かずにはいられない。大会後はぜひ、JリーグとしてのW杯総括を聞きたいところである。

 さて、グループBについて簡単におさらいしておこう。大会前の大方の見立ては、スペインとポルトガルの「2強」、そしてイランとモロッコの「2弱」という構図であった。しかし、実際にフタを開けてみると、第1戦はスペインとポルトガルが激しい点の奪い合いで3−3のドロー。イラン対モロッコは土壇場でオウンゴールが決勝点となり、イランが20年ぶりのW杯での勝利を挙げた。現時点では、勝ち点3のイランが首位となっており、すでに1敗しているモロッコは後がない状況。初戦でスペイン相手にハットトリックを達成した、クリスティアーノ・ロナウドを擁するポルトガルに対し、モロッコがどのような戦いを挑んでくるのか。この試合の注目点は、その一点に集約されていた。

グループリーグ敗退が決まったモロッコだが……

取材帰りに見つけた「W杯仕様のアベンジャーズ」の壁画。街中はサッカー一色だが市民の反応は? 【宇都宮徹壱】

 試合は序盤からいきなり動く。前半4分、ポルトガルは右のショートコーナーから、ジョアン・モウチーニョがクロスを供給。フリーになったロナウドが、頭から飛び込んで勢いよくネットを揺らす。これでロナウドは、今大会2試合目にして4ゴール。もちろん得点ランキング首位である。それにしても気になるのが、こんなに早い時間帯でポルトガルが先制したことだ。果たしてこの試合、どれくらい点差が開くのだろう? しかしその後、見る者を魅了したのはモロッコのほうだった。もともと選手個々のスキルが高い上に、難しい局面でも積極的にチャレンジする姿勢には、大いに共感が持てた。

 90分間を通して、モロッコは多くの時間帯で攻めの姿勢を見せ、ポルトガルは受け身に回りながらカウンターに徹するという予想外の展開となった。FIFA(国際サッカー連盟)のスタッツによると、ポゼッションは53:47、シュート数では16(枠内4):10(同2)と、いずれもモロッコが上回っている。モロッコで最も多くのシュートを放っていたのは、セットプレーと展開力で攻撃にアクセントを加えていたMFのハキム・ツィエク、そして果敢なオーバーラップから何度もチャンスに絡んだセンターバックのメディ・ベナティア。しかし、彼らの放つシュートはことごとく枠を外れるか、相手GKのルイ・パトリシオの好判断に阻まれ続けた。

 結局、試合は序盤にロナウドが決めた1点を守り切ったポルトガルが勝利。これで2敗目となったモロッコは、スペイン戦との第3戦を前にグループリーグ敗退が決まった。初戦はオウンゴールによる、土壇場での敗戦。今回は数多くのチャンスを作りながら、無得点での敗戦。それでも、会場に詰め掛けたモロッコサポーターの多くは、祖国の代表に温かい拍手を送り続けた。結果はいずれも残念であったが、十分に納得できる戦いを見せてくれたということなのだろう。選手たちの頑張りもさることながら、サポーターたちのサッカーを見る目の確かさも、強く感じさせる光景であった。

 取材を終えて、メトロを使って宿の最寄り駅に到着。地上に出ると、今回のW杯を当て込んだのだろう、アベンジャーズのキャラクターとサッカーボールが描かれた、巨大な壁画が視界に入ってきた。モスクワでは、W杯に関連したサインやバナーをあちこちで目にする。その意味では「サッカー一色」なのだが、祭典に歓喜の声を上げているのは海外から来たサポーターばかりで、地元のロシア人の反応はむしろ冷淡にすら感じられる。地元ロシアがグループリーグ突破を決めたというのに、渋谷のスクランブル交差点のような現象は、今のところ当地ではまったく見かけない。もう少し盛り上がってほしいと思いながら、21日からはセネガル戦が行われるエカテリンブルクに移動して、レポートを続けることにしたい。
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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