屈辱から奇跡へ、リベンジを果たした日本 運を呼び込んだ「受け身にならない」意志

宇都宮徹壱

14年のクイアバから、18年のサランスクへ

W杯ロシア大会初戦で、コロンビアとの4年越しの再戦の舞台が整った 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

「私も4年前のクイアバに行ったわ。遠いロシアで、4年ぶりに日本と対戦できるなんて、本当に奇遇なことだと思うわ」

 コロンビア戦当日、19日の朝。同じ宿に投宿しているコロンビア人の家族と朝食を囲んでいると、ふと4年前のワールドカップ(W杯)ブラジル大会が話題になった。彼らもクイアバでの日本対コロンビアの試合を現地観戦していたことを知り、一気にお互いの距離が縮まる。コロンビア人にとってのクイアバは、ブラジルとの国境から遠くないので「ほとんどホーム」と言ってよい状態。逆にわれわれ日本人にとってのクイアバは、もともとの距離感に加えて、黄熱病の予防接種が推奨される環境ということもあり、非常にハードルの高い取材現場であった(もちろんそれは、選手やサポーターにとっても同様だったはずだ)。

 おそらく今後の人生において、ブラジル内陸部のクイアバを再訪することは二度とないだろう。人口約31万人のサランスクもまたしかり。いずれもW杯で日本が試合をしなければ、絶対に訪れないような2つの町をつなぐのが、コロンビアの存在である。2014年のクイアバから、18年のサランスクへ。4年前、コロンビアに1−4の大差でたたきのめされてから、ロシアへの道のりは始まった。そして、それまで日本が信条としてきた「自分たちのサッカー」というものが、世界ではほとんど通用しないという現実からのリスタートとなるはずだった。

 昨年12月、日本のW杯初戦の相手がコロンビアと決まった時、この絶妙なめぐり合わせに興奮を覚えたものだ。クイアバでの屈辱的な大敗から4年、日本サッカーの再構築を試す上で、コロンビアほどふさわしい相手はないと思ったからだ。この間、日本代表監督はハビエル・アギーレからヴァイッド・ハリルホジッチに変わったが、世界のトレンドを意識したチーム強化という目標設定に変わりはなかった。半年後、どんな日本代表がコロンビアと相対するのだろう? そう考えただけで、ワクワクしたものである。

 しかし、結果は周知のとおり。この件については、散々あちこちで書いたので、ここで繰り返すことはしない。が、今でも釈然としないざらついた思いを抱えているのは、紛れもない事実である(少なからずのファンもまた同様であろう)。それでも、4年越しの再戦の舞台は、すでに整っている。ホセ・ペケルマン監督率いるコロンビアは、4年前の主力選手が今も健在で、サポーターも前回同様に大挙してやって来ている。かくなる上は、さまざまな雑念をいったん捨てて、われわれの代表に声援を送る以外にないだろう。

大方の予想に反し、日本が先制点を奪う

前半6分、香川がPKでW杯初ゴールを決める 【写真:ロイター/アフロ】

 この日の日本のスターティングイレブンは以下のとおり。GK川島永嗣。DFは右から酒井宏樹、吉田麻也、昌子源、長友佑都。中盤はボランチに長谷部誠と柴崎岳、右に原口元気、左に乾貴士、トップ下に香川真司。そしてワントップには大迫勇也。スイス戦のメンバーをベースに、パラグアイ戦でアピールした香川、柴崎、昌子、乾、そして酒井宏が戻ってきた。ここまでの3試合のパフォーマンスに加え、現時点でのコンディションを考慮してのベストな布陣と見ていいだろう。5月30日のガーナ戦から、ずっと照準を合わせてきたコロンビア戦。今こそ、これまでの準備の成果が問われる時である。

 一方のコロンビアは、FWのラダメル・ファルカオ、右MFのフアン・クアドラード、そしてボランチのカルロス・サンチェスといったおなじみの顔ぶれが並ぶが、西野監督が「コロンビアの象徴」と評していたハメス・ロドリゲスはベンチスタート。左ふくらはぎを負傷していると伝えられており、後半のしかるべきタイミングで切り札として使うのか、それともまだコンディションが整っていないのか。代わってトップ下のポジションには、フアン・キンテーロが入った。そして現地時間15時、カウントダウンの後にキックオフ! と思ったら、両者コートチェンジとなって、キックオフのやり直し。ピークに達していた緊張感が、急激に弛緩(しかん)する。

 この微妙な空気に、日本の選手たちの集中が妨げられることはなかった。それどころか、序盤から受け身になることなく、アグレッシブな姿勢を前面に出していた。そして開始から3分、いきなり試合が動く。きっかけは、何でもない日本のクリアボールからだった。これを香川がロビングで前線に送り、大迫がスプリントしてゴールを狙う。いったんはGKダビド・オスピナに阻まれるも、こぼれ球を香川がシュート。弾道は、ペナルティーエリアに戻っていたC・サンチェスの腕に当たる──。主審は即座にPKスポットを指し、C・サンチェスにはレッドカードが提示された。

 ここで、PKスポットにボールを置いたのは香川。相当なプレッシャーがあったはずだが、当人いわく「自分で取ったので、そこは蹴る気満々でした」。オスピナの裏を読んだ、香川の冷静なキックは見事に決まり、大方の予想に反して日本が先制する。香川はこれがW杯初ゴール。のみならず、日本にとっては過去の大会を通じて、初のPKによる得点となった。前半早々でのゴールに加えて、相手は残り84分を10人で戦わなければならない。一見すると、日本にとっては良いことづくめに思える展開。だが考えようによっては、このような予期せぬ展開でのゲームプランは、得てして難しいものでもあったはずだ。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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