新しくてクラシカルなロシアでのW杯 日々是世界杯2018(6月13日)

宇都宮徹壱

祭典前夜のモスクワの風景

今大会のマスコット「ザビバカ」。W杯開幕前夜のモスクワは、さまざまな大会のビジュアルを目にするが、基本的に静かだ 【宇都宮徹壱】

 6月12日(現地時間、以下同)に行われた日本対パラグアイの取材を終え、オーストリアのインスブルックからウィーン経由でモスクワに移動したのは13日の午後。FIFAワールドカップ(W杯)ロシア大会の開幕前日のことであった。ウィーン国際空港でのトランジットの行列には、メキシコやコスタリカ、そして日本が対戦するコロンビアのサポーターの姿も見える。コロンビアのサポーターに声をかけると「日本は昨日、パラグアイに勝ったんだってな?」という鮮やかなリターンパスが返ってきた。コロンビアとの初戦は19日だが、すでに彼らの戦いは始まっているようだ。

 ドモジェドヴォ空港に到着後、入国審査を済ませてから現地通貨のルーブルを下ろし、さらに現地のSIMカードを購入。どちらもずいぶんと待たされてしまい、当日中にAD(アクレディテーション=取材)カードが入手できるか、いささか心配になってしまった。ホテルにチェックインして、すぐにメトロを乗り継いで翌日の開幕戦が行われるルジニキ・スタジアムに向かう。到着した時はすでに19時を過ぎていたが、幸いカード発行の手続きには間に合うことができた。これで、この日のミッションは終了だ。

 W杯のADカード取得は、今回が5回目。4年に一度の“儀式”は、回を重ねてもやはり感慨深いものがある。4年周期で回っているフットボールの世界。W杯はゴールであり、新たなスタートラインでもある。今回も、心身ともに健康な状態で大会を取材できること、そして日本代表が大会に参加してくれることに、感謝の念を抱かずにはいられない。今回の日本代表監督の突然の交代劇は、もちろん今でも自分の中では納得できずにいる。それでも、4年ぶりに世界中から続々と集まってくるフットボールファミリーたちの笑顔を見ていると、「やっぱりW杯は楽しいよね」という思いを新たにするしかなかった。

 モスクワの街中を歩いていて、W杯の盛り上がりを感じさせる光景には、残念ながらまだ遭遇していない。サポーターは続々と到着しているのだが、受け入れ側は「歓迎ムード」というよりも、むしろ警備の厳重さの方ばかりが目につく。それでも私は、今回のW杯に関して、過去の大会とは違った期待感を寄せている。期待の理由はいくつかあるのだが、一言でまとめると「新しくてクラシカルなロシアでのW杯」となるだろうか。以下、当連載の前口上を兼ねて、その理由を述べることにしたい。

ロシア大会が過去のW杯とは異なる理由

開幕戦が行われるモスクワのルジニキ・スタジアム。現地時間の14日18時、ここで「新しくてクラシカルな」大会がスタートする 【宇都宮徹壱】

 まず「新しさ」について。今大会は、一連のFIFA(国際サッカー連盟)スキャンダルが発覚してから初めてのW杯となる。ゼップ・ブラッター前会長に代わり、16年に就任したジャンニ・インファンティーノ新会長は、よくも悪くも「アイデアマン」であり、今大会はさまざまなルールが実施される。最も有名なのはVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)だが、それ以外にも延長戦での4人目の交代、PK戦でのABBA方式、そしてテクニカルスタッフに支給されたデバイスに、さまざまな選手のデータがリアルタイムで送信されるようになる。こうした新たな試みが、大会にどのような影響を与えるか、非常に興味深いところだ。

 そんなロシア大会であるが、実は最後の「クラシカルな大会」でもある。このロシア大会が終わったら、続く22年大会の開催国はカタール。潤沢なオイルマネーはあるものの、一度もW杯に出場したことのない、秋田県ほどの小さな国土で11〜12月に開催されるW杯。それは、これまでのどの大会とも異なる風景を提示するはずだ。さらに4年後の26年大会は、米国・カナダ・メキシコの3カ国共催で、48カ国が参加する大会となることが先ごろ決まった。こうなると、私のようなオールドファンには想像を絶するスケール感だ。いずれにせよ、それなりにサッカーの歴史と伝統がある一国で、32カ国が参加するクラシカルなW杯というものは、このロシア大会が最後となる。

 そんな大会を開催するロシアという国についても、今回は大いに楽しみたいと思っている。私自身は、ウラジミール・プーチンが大統領に就任した2000年に初めて訪れて以来、およそ8年置きの間隔でこの国のサッカーを取材してきた。当初は人々の生活も貧しく、スタジアムもソ連時代の旧式なものが一般的であった。それが10年も経つと、ロシアの経済状態は格段に上向き、今回のW杯では日本では考えられないような快適でモダンなスタジアムが各地に建設された。21世紀に入って、これほど変化が激しい欧州の国は珍しい。一方でW杯という機会がなければ、サランスクやエカテリンブルクといった地方都市を訪れることも、滅多にないはずだ。

 日本から最も近い欧州でありながら、これまでなかなかなじみの薄かったロシア。そんな近くて遠い隣国で、新しくてクラシカルなW杯が開催される──。サッカーファンであれば、これは楽しまない手はないだろう。今大会の前半は、もちろん日本代表の戦いが中心となる。できることなら、グループリーグの先まで勝ち進んでほしいが、「4試合目の壁」を超えるのは、誰が監督であれやはり容易ではない。それでも今回のW杯は、日本代表が去って以降も十分に楽しめる要素がふんだんにある。当連載では試合だけでなく、そうした今大会ならではの楽しさや発見というものも発信していくつもりだ。最後までお付き合いいただければ幸いである。
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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