W杯に向け進歩が見えたゼーフェルト合宿 「ゆとり調整」には一抹の不安も

元川悦子

確かな進歩が感じ取れたパラグアイ戦

香川をはじめ乾、岡崎らが先発したパラグアイ戦で西野ジャパン初勝利を飾った 【Getty Images】

 この反省を踏まえ、次のパラグアイ戦に向けては「プレスにいくところ、いかないところのメリハリをどうつけるか」が最重要テーマに位置付けられた。(スイス戦翌日の)9日の練習はオフになったが、選手たちは個々に話し合いを続け、10日、11日のミーティングでも白熱した議論が交わされたという。

 それまでの西野監督は選手の自主性を尊重し、彼ら自身に意見をまとめさせようと仕向けてきたが、この段階になって方向性を一本化する動きを見せ始めた。「監督が『じゃあこうしよう』と意見を集約するようになった」と長谷部も証言しており、モヤモヤした部分がようやく取り払われつつあったようだ。

 それがポジティブな形で出たのが、パラグアイ戦だった。本番前最後のテストマッチでチームを固めることをせず、スイス戦の先発から酒井高徳を除く10人を入れ替える大胆な試みには賛否両論も渦巻いたが、西野監督はブレなかった。選手たちも前線の岡崎慎司や香川真司が前からボールを追う時は連動して行き、下がる時はしっかりとブロックを作るという意思統一を鮮明にしていた。今回もまた不用意なリスタートのミスから失点はしたものの、日本の戦いには確かな進歩が感じ取れた。

 加えて、けがで出遅れていた乾貴士、香川、岡崎の3人が復調。乾が2ゴール、香川が1ゴールという結果を残して、4−2の勝利の原動力になった。海外組を含めたフルメンバーでの白星は、昨年10月に2−1で勝ったニュージーランド戦(豊田スタジアム)以来、8試合ぶり。パラグアイのメンバー構成が1.5軍で、後半から運動量がガクッと落ちた点を差し引いても、日本が自信と勢いを取り戻す意味で価値ある勝利だったのは間違いない。

 このように、今回のゼーフェルト合宿の最大の成果は、ロシアを戦う上での守備のベースがある程度形になったことだ。

「前半は特にみんな体力があるからGKまで前にいけちゃうけれど、別に体力があるからっていかないでいい。今日はそこをハッキリできたのが良かった。後半、ウチがリードしてからは特に無理をして取りにいく必要はなかった。僕らがブロックを組んでいれば向こうは自然に点を取りにくるから、そこでブロックを下げさせればいい。そういう意思統一をした戦いができたのは自信になりますね」

 吉田不在の最終ラインを統率した昌子源もそう言ったように、チームの進むべき道がハッキリしたことはプラスに捉えていいだろう。カザン入りしてからは19日のW杯初戦・コロンビア戦(サランスク)に向けて、守備組織を研ぎ澄ませることがメーンになる。その上で攻撃のバリエーションを増やし、パラグアイ戦で香川と乾が見せたような連動性を高めていくこと。そこが非常に重要なテーマになってくるのではないだろうか。

8年前のスイス・サースフェー合宿を振り返ると……

W杯開幕前日の13日(現地時間)、日本代表メンバーがとうとうロシア入り 【写真:ロイター/アフロ】

 戦術面については目に見えた前進があったゼーフェルト合宿だが、フィジカル面では不安要素もゼロではない。というのも、今回は2部練習を取り入れたのが4日の1度だけ。スイス戦とパラグアイ戦の翌日をそれぞれオフにするという「ゆとり調整」が顕著だったからだ。もちろん負荷の調整は早川直樹コンディショニングコーチが計測した心肺機能のデータなどに基づいて行われているはずだから、何も裏付けがないわけではない。

 しかしながら、同じ早川コーチがマネジメントした8年前の10年南アフリカ大会直前のスイス・サースフェー合宿を振り返ってみると、2部練習は期間中に4〜5回は取り入れられていた。テストマッチのイングランド戦(グラーツ)翌日には控え組が地元クラブのFCシオンと練習試合を行ったり、コートジボワール戦(シオン)が45分×3本の変則的な形式になってサポートメンバーだった永井謙佑らも出場できるようになるなど、緻密な配慮がなされていた。ベースキャンプ地・ジョージに行ってからも2部練習を実施した日があり、今回よりも明らかにハードな追い込みをかけていたのだ。標高もサースフェーの方がゼーフェルトより600メートル高く、選手個々への負担が大きいのに、練習量を減らすことはなかった。

「僕は幕張(国内合宿)からやっているので、けっこう長くて疲れていますけど。コンディションは非常にいいですよ」と吉田が言えば、長谷部も「合宿自体が軽めだったとは思わないですね。かなり強度のあるトレーニングをしていたので、みんなの中でも『意外にやるね』という声もありましたから」と強調しており、今回のゼーフェルト合宿を消化した面々は十分な負荷をかけたと捉えているようだ。果たしてその効果がロシア本番でどう出るのかは、大いに気になる点だ。

 西野監督は「あくまでも照準を合わせているのは初戦」と言い続けていて、コロンビア戦にコンディションも戦術面も100パーセントに仕上げることで精いっぱいのようだが、日本には24日の第2戦・セネガル戦(エカテリンブルク)も28日の第3戦・ポーランド戦(ボルゴグラード)も控えている。その1次リーグ3試合を同じコンディションで戦える状態が維持できれば問題ないが、ゼーフェルト合宿でそのレベルまで選手全員を引き上げることができたかどうかには、一抹の不安もつきまとう。

 いずれにしても、最後の勝負はカザン入りしてからの最終調整だ。そこでチーム状態をトップに持っていくこと。総合力で劣る日本がサプライズを起こすには、その作業に徹するしかない。これまではバリエーションを広げることに時間を割いた指揮官には、しっかりとチームを固め、戦い方とフィジカルの両面で完成度を高めることに注力してほしい。

2/2ページ

著者プロフィール

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

新着記事

スポーツナビからのお知らせ

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント