パラグアイ戦の勝利で「代表熱」は蘇るか 際立った西野監督のベンチワークと対応力

宇都宮徹壱

香川のパフォーマンスを持続させたベンチワーク

西野監督のベンチワークもあり、香川は90分間パフォーマンスが落ちなかった 【写真:ロイター/アフロ】

 さてこの日の日本は、前半からオフェンスの選手がそれぞれ持ち味を生かしていた。最初に目を引いたのが、類まれなボールキープ力を発揮していた右サイドハーフの武藤。次に、ドリブル突破と縦方向のパスで相手に脅威を与えていた乾。ワントップの岡崎も、地味ながら前線からのプレッシングで貢献していた。トップ下の香川は、前半を見る限りはコンディションは悪くなさそうだが、果たしてどこまでプレーできるだろうか。

 そんなことを考えていた前半32分、それまで省エネサッカーを続けていたパラグアイが、ついに本性を現す。右サイドからの何気ないロングスローから、アントニオ・バレイロが中に送り、オスカル・ロメロがトラップから反転して、東口が守る日本のゴールを左足で揺らした。ガーナ戦、そしてスイス戦に続いて、またしても先制された日本。しかし、彼らが意気消沈することはなかった。前半33分、柴崎のラストパスを受けた乾のシュートはバーの上。その7分後には柴崎が直接FKを狙うが、こちらはバーをたたいた。いくつか決定機はあったものの、前半はパラグアイの1点リードで終了。

 ハーフタイム、日本は東口と遠藤を下げて、中村航輔と酒井宏樹を投入する。前者は既定路線だったようだが、後者は遠藤のミスが多かったことによる交代だろう。そして後半6分、とうとう待ちに待った瞬間が訪れる。昌子からの縦パスを香川が落とし、拾った乾がドリブル持ち込んで右足を振り抜くと、弾道はそのままゴール右に突き刺さる。乾の同点弾は、西野体制でのファーストゴールとなった。日本の勢いはその後も続く。後半18分、酒井宏からの縦パスを受けた武藤が並走する香川に送り、さらにワンタッチで中央の乾へ。走り込んできた乾は迷わず右足で押し込み、日本は逆転に成功する。

 西野監督のベンチワークも、この日は水際立っていた。乾の逆転ゴール直後、武藤を下げて大迫勇也をピッチに送り、システムも4−4−2に変更。さらに後半29分には岡崎OUT/原口元気INで、再び4−2−3−1に戻した。西野監督によれば、逆転ゴールを求めて前線の人数を増やそうとしたところ、直前に乾の2点目が決まった。しばらく4−4−2を試してみたものの、トップ下から右MFに移った香川に守備の負担が増えたため、再びシステムを戻したという(この判断もあって、香川のパフォーマンスは90分間、落ちることはなかった)。こうした臨機応変な対応が見られたのも、このパラグアイ戦の収穫のひとつだったと言えよう。

 日本は後半32分にも、柴崎からの右FKが相手のオウンゴールを誘って3点目。45分にはパラグアイに1点差まで詰め寄られるが、最後はこの日2アシストの香川が魅せた。後半46分、ペナルティーエリア手前の中央で大迫のパスを受けると、柔らかいボールタッチで相手を巧みにかわし、枠の左にきれいにシュートを流し込んだ。ほどなくしてタイムアップ。ファイナルスコア4−2という、予想外の点の奪い合いの末、日本が西野体制での初勝利を挙げた。

「日本代表監督としての西野朗」への姿勢

パラグアイ戦の勝利で久しぶりの勝利を収めた日本。これを機に、国内での代表熱はよみがえるか? 【写真:アフロ】

「レギュラーメンバー、バックアップメンバーに分けているわけではないですが、今日のゲームの中で可能性を求めたかった。今日出たメンバーは非常にギラギラしていましたし、スイス戦以上のパフォーマンスをやってくれるだろうという雰囲気はありました。選手個々のパフォーマンスには非常に満足していますし、期待に応えてくれたということでは、これからの準備が楽しみな結果となりました」

 試合後の西野監督の会見は、就任以来、最も手応えを感じさせるものとなった。ガーナ戦とスイス戦に続いて先に先制されたものの、失点をはるかに上回る4得点を挙げたのだから当然だろう(日本代表が4ゴールを挙げたのは、17年3月28日のタイ戦までさかのぼらなければならない)。確かにスイスと比べて、今回のパラグアイはチームの完成度でも個々のモチベーションでも、かなり劣っていたことは留意すべきだ。しかしそれを差し引いても、これまで出番が限られていたメンバーで勝利したこと、しかもそれが本大会初戦の1週間前に成し遂げられたことは、大いに評価されてしかるべきである。

 正直なところ、「日本代表監督としての西野朗」に対して、私はずっと様子見の姿勢を崩せずにいた。本大会までの3試合の戦い方についても、疑念を感じることのほうが多かった。今回のパラグアイ戦に関して言えば、メンバーを大きく替えて「新しい可能性を探る」とする考え方に、まったく賛成できなかったのである。準備期間が限られているのだから、メンバーと戦術を固定して精度を高めていくことが「1%でも2%でも」グループリーグ突破を可能にするのではないか──。しかし、西野監督の考えは違った。

 西野監督の決断を、過去の歴代日本代表監督のそれと重ねてみると興味深い。メンバーの全取り替えという「暴挙」は、06年のドイツ大会を指揮したジーコ監督を想起させる。また、山口をキャプテンに任命するなどチームに変化をもたらし、嫌な流れを断ち切ろうとする発想は、10年の南アフリカ大会に挑む岡田武史監督の決断に合い通じる。こうした歴代日本代表監督の「アーカイブ」を、西野監督がどれだけ参考にしたのかは分からない。が、いずれにせよ今回の勝利によって、冷めきっていた日本代表へのまなざしが、一気に熱を帯びることを期待したい。そして19日、ロシアはサランスクで行われるコロンビアとの初戦で、われわれはどんな日本代表を目撃するのだろうか。そう思えるようになったことを、今は素直に喜びたい。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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