スイスに完敗、見えない日本代表の完成形 W杯本番まで忍耐の日々は続く

宇都宮徹壱

「彼がここにいないことが残念でならない」

日本は現地時間8日、スイス代表との親善試合に臨んだ 【写真:ロイター/アフロ】

「彼がここにいないことが残念でならない。去年の12月、モスクワで会った時に今回の試合について話をした。(その後)日本で何があったのかは知らない。が、彼は非常に優秀な監督だ。今後の活躍を期待したい」

 ドイツ語、フランス語、イタリア語、そして英語が入り乱れる、スイス代表の前日会見。ブラディミール・ペトコビッチ監督が「彼」と言ったのは、日本代表前監督のヴァイッド・ハリルホジッチ氏のことである。2014年からスイス代表の指揮を執り、これが初めてのワールドカップ(W杯)となるペトコビッチ監督は、ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボ出身のクロアチア人。ハリルホジッチ氏とは年齢的に一回り下だが、それでも同朋の同業者ということで、かねてより交流はあったようだ。

 それにしても、12月1日にモスクワで行われたファイナルドローの結果を受けて、すぐさまFIFA(国際サッカー連盟)ランキング1桁のスイスとのマッチメークをまとめてしまうとは、何という手際の良さであろうか。もちろんスイスは、純粋な意味での「仮想ポーランド」というわけではない(ロベルト・レバンドフスキのような絶対的なストライカーがいないことからも明らかだ)。それでも本大会を直前に控えて、欧州のW杯常連チームと完全アウェーで戦うことに、前監督は何かしらの価値を見いだしていたことは考えられる。

 対するスイスは、実のところ日本と対戦することに、さほどのメリットがあったとは思えない。彼らが本大会で対戦するのは、ブラジル、コスタリカ、そしてセルビア。アジア勢との対戦はない。それでもペトコビッチ監督が、FIFAランキング61位(6月7日付)の日本との対戦を受け入れたのは、ハリルホジッチ監督との信頼関係がベースにあったからと見て間違いないだろう。「オールジャパン」となった今の日本代表に、今後こうした迅速かつ柔軟な交渉能力を期待するのは、ちょっと厳しそうだ。

 ところで日本代表の西野朗監督は、今回のマッチメークについて「協会、チームに感謝します」と語っている。本当に感謝すべき対象が誰だったか、元技術委員長であれば知らなかったはずはないだろう。あるいは、前監督に謝意を述べることがはばかられる、何かしらの事情でもあったのだろうか。そこに、何やら引っかかるものを感じた。

スイス戦で4バックを選択した日本代表

本田(右)は約4年ぶりにトップ下で先発 【写真:ロイター/アフロ】

 スイスのルガーノにあるスタディオ・コルナレドは、6500人収容という「J3規格」のコンパクトな施設。それでもメーンとバックのスタンドに、きちんと屋根があることに「さすがはヨーロッパ」と思ってしまう。スタンドはスイスの赤に染まっていたが、「完全アウェー」と呼ぶには実に牧歌的な雰囲気である。

 この日のピッチに立った日本のスターティングイレブンは以下のとおり。GK川島永嗣。DFは右から酒井高徳、吉田麻也、槙野智章、長友佑都。中盤はボランチに、長谷部誠と大島僚太、右に原口元気、左に宇佐美貴史、トップ下に本田圭佑。そしてワントップは大迫勇也。先のガーナ戦で日本は、まず3バックで戦い、後半31分から4バックにシステム変更している。今回は、慣れ親しんだ4−2−3−1からのスタートとなった。

 7日の前日会見で西野監督は、このスイス戦について「仮想ポーランドという位置付けで、明日のゲームに臨むつもりはない」と明言。前後のガーナ戦、パラグアイ戦と同様、あくまで本大会初戦のコロンビアを想定したトライをしていくことを強調していた。ちなみにスイスもコロンビアも、基本フォーメーションは4−2−3−1。だが相手うんぬんよりも、単純に4バックのシステムと陣容を試しておきたいというのが指揮官の本音だろう。現在の日本は、相手を想定した戦いができるほど、チームは整備されていないのが現状だ。

 そうした中で注目すべきは、やはり本田がトップ下に入ったことだろう。彼がこのポジションに入るのは、アルベルト・ザッケローニ監督時代以来、実に4年ぶりのこと。ゼーフェルトでのキャンプ中、彼は「トップ下は自分の家みたいなもの」と語っている。思えばブラジル大会終了後、本田の代表の定位置は右MFに移ったが、当人としてはずっと不本意であったようだ。やがてハリルホジッチ体制になって久保裕也が台頭し、自身はその2番手としてベンチスタートが多くなると、その思いはさらに募っていったはずだ。

 今回、西野監督がトップ下のポジションを本田に託したことで、「復権」のような見出しを掲げるメディアもあった。とはいえ、このシステムが本田のみならず、チーム全体にとって好影響を与えるかどうかは、試合の結果を見るまでは判断を保留すべきであろう。

 対するスイスは、けがによる欠場がうわさされていた中盤の要、グラニド・ジャカがスタメン出場。他にも、これが代表100キャップとなるキャプテンのシュテファン・リヒトシュタイナーをはじめ、ジェルダン・シャキリやバロン・ベーラミといった多士済々がそろう。一方でGKのロマン・ビュルキを含め、1桁キャップ数の選手が3人。要所をレギュラーで固めつつ、経験の少ない選手にもチャンスを与えようという意図が感じられる。まだ十分に夏の陽光が残る19時、キックオフ。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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