“格上”スイスとの試合は勝負度外視!? 「トライの場」と割り切り、初戦に照準

宇都宮徹壱

スイス戦が行われるルガーノにて

スイス対日本の試合が行われるスタディオ・コルナレド。両国の国旗が掲げられている 【宇都宮徹壱】

 スイス最大の都市であるチューリヒから、ミラノ行きの鉄道に乗ってルガーノを目指す。車窓からアルプスの山々と美しい湖が見えたので、スマホカメラで撮影しようとすると、モニターが一瞬ハレーションを起こした。なんという眩しさ、なんという美しさであろうか。もちろん、私は旅行に来ているわけではない。ルガーノでは6月8日(以下、現地時間)、スイス代表対日本代表の親善試合が行われる。西野朗体制になって2試合目。ワールドカップ(W杯)直前の欧州合宿に来て、これが最初の力試しの場となる。

 ティチーノ州最大の都市(といっても人口6万5000人ほど)のルガーノは、名前の由来となった細長いルガーノ湖のほとりに位置し、対岸はイタリア領である。スイスという国は、ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語が公用語の多言語国家で、ティチーノ州はイタリア語圏。とはいえ、カルチョの国にはしばらくご無沙汰だったので、「ボンジョルノ(こんにちは)」や「グラッツェ(ありがとう)」が自然に出てこない。カフェやレストランで出される食事も基本的にイタリアンで、人々のメンタリティーもどこかラテン気質なものを感じる。あらためて、スイスという国の多様性を思った。

 ルガーノには早めに到着したので、日本代表の到着を待つ間に少しだけ観光をすることができた。印象的だったのが、ホテルの近所にあるギャラリーで開催されていた『IL SAMURAI DA GUERRIERO A ICONA』という展覧会(日本語に訳すと「サムライ戦士のアイコン」となるだろうか)。5スイスフラン(日本円で約560円)を払って見学したが、出所不明の鎧兜(よろいかぶと)と江戸末期の浮世絵師である河鍋暁斎の作品、そして明治期に撮影されたと思しきセピア色の写真が混在した、エキゾティズム全開の摩訶不思議な空間が広がっていた。

 もちろん、日本代表との試合と関連付けて企画されたわけではない。が、スイスのサッカーファンの「SAMURAI BLUE」への視線もまた、実は似たようなものではないかと思っている。前回のW杯で実績を上げた監督を本大会2カ月前に解任し、スイスリーグでインパクトを残した久保裕也もメンバー入りしなかった日本代表。1954年にW杯の開催国となり、これが4大会連続11回目の本大会出場となる欧州の中堅国ならば、「いったい彼らは何を考えているのだろう?」と好奇心を抱くのも当然であろう。日本に対する畏怖(いふ)と無理解は、「SAMURAI」であれサッカーであれ、実は同根であるのかもしれない。

スイスは「仮想ポーランド」ではなく……

前日練習でのスイス代表。直近のスペイン戦を引き分け、選手の表情にも余裕が見られる 【宇都宮徹壱】

 6月7日、スイス戦が行われるスタディオ・コルナレドにて、日本代表の前日会見とトレーニングが行われた。日本代表は今回の合宿をオーストリアの高地(標高約1200メートル)にあるゼーフェルトに定め、親善試合のたびに山から降りる方針を採用。これは、スイスのサースフェー(標高1800メートル)でキャンプを張った、8年前の南アフリカ大会と同じである。まず気になるのが、選手のコンディション調整だ。

「選手のコンディションが、若干そろわないところもありました。けがの持ち込みもあったのですが、1日1日といいコンディションに整うようになりました」と西野監督。選手の側からも「1人1人のコンディションチェックもそうですし、チームスタッフがしっかり練習メニューを組んでくれていますので、チームとしてもコンディションはいいんじゃないかと思います」(槙野智章)というコメントが聞かれた。個々のばらつきはあるだろうが、どうやらポジティブにとらえて良さそうだ。

 続いて気になるのが、このスイス戦の位置付けである。6月7日付のFIFA(国際サッカー連盟)ランキングでは、スイスは6位で日本は61位。明らかな「格上」に対し、日本はどのような目的意識を持って相対するのか。この点について西野監督は「明日のゲームでも、ある意味トライしたい」とした上で、こう続ける。「チームとしての方向性や、本大会に向けての戦い方。(それらが)着実にチームの中で共通理解を持てているので、明日はそれを素直に出してもらいたい」

 要するに「勝負度外視」である(少なくとも、そう思われても仕方がない発言だ)。一方で個人的に着目したのが、指揮官のこのコメント。いわく「現時点ではポーランドに対するアプローチで明日(の試合)を考えてはいない。(中略)『仮想ポーランド』という位置付けで、明日のゲームに臨むつもりはないです」。ここまで言い切るところを見ると、ガーナ戦に引き続き、本大会初戦のコロンビア戦に照準を合わせることは明らかである。

 キャプテンの長谷部誠は、「欲を言えば(結果と内容)すべてを求めたい」と語っていた。とはいえスイスは、直近のスペイン戦に1−1と引き分けるなど、チームの完成度は高い。対する日本の現状を考えるならば、「さすがにそれは欲張りすぎだろう」と言わざるを得ない。むしろルガーノで行われるスイス戦は、11日後に迫ったコロンビア戦に向けた「トライの場」と割り切って考えるべきだ。結果に一喜一憂するのではなく、あくまでも見据える先は6月19日である。
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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