低迷から一転、何が鳥取を変えたのか? J2・J3漫遊記 ガイナーレ鳥取<前編>

宇都宮徹壱

選手の言葉に耳を傾ける、元日本代表の若き指揮官

敗戦から一夜明けて、選手と語り合う森岡監督。「自分は威厳があるほうではない」と語る 【宇都宮徹壱】

 バードスタジアムでの取材を終えた翌日、鳥取駅からスーパーまつかぜに乗って米子駅を目指す。バードスタジアムは鳥取市にあるが、トレーニングが行われるのは米子市。事務所は鳥取市と米子市にあり、軸足を置いているのは後者である。特急で1時間、車だと2時間。この距離感こそ、鳥取の大きなハンディとなっている。去年の最終節、米子から2時間かけてバードスタジアムに到着した鳥取に対し、前泊していたブラウブリッツ秋田のほうがコンディションは断然良かった。結果は0−3の敗戦。しかも、ホームでJ3優勝を喜ぶ秋田の選手たちを目の当たりにする屈辱を味わうことになった。

 米子駅に到着後、バスに乗ってチュウブYAJINスタジアム(チュスタ)に向かう。サブグラウンドでは鳥取の選手たちが、スタメン組とサブ組に分かれてトレーニングを行っていた。すでにリカバリーを終えたスタメン組は、前日の大敗を受けて青空ミーティングを行っている。そんな中、監督の森岡は何人かの選手をつかまえては立ち話をしたり、あるいはピッチに腰を下ろして車座になって話し込んだりしている。選手とのコミュニケーションを密にしている理由について尋ねると、「自分はあまり威厳がある方ではないから」という意外な答えが返ってきた。

「謙遜ではなく、こっちの思っていることが100パーセントではないと思っていますし、外から見た感覚と中から見た感覚は違いますから。それにピッチにいた選手でも、前の選手と後ろの選手とでは、失点シーンのとらえ方は違いますよね。ですから今日も、GKの北野(貴之)、ボランチの可児(壮隆)と星野(有亮)にはじっくり考えを聞きました」

 元日本代表ということで、やや近寄りがたい指導者像をイメージしていたのだが、実際は選手の言葉にじっくりと耳を傾けるタイプのようだ。そんな森岡に監督のオファーを出したのは、強化部長になって今季で3年目の吉野智行である。JFL時代の08年に横浜FCから鳥取に移籍。中心選手としてJ2昇格に貢献するも、J3降格が決まった13年に現役を退いている。強化部長1年目の16年、GMの岡野のオファーに応えて柱谷哲二が新監督に就任したが、わずか1年で契約満了。後任監督の人選を任された吉野は、「隆(りゅう)さんしか考えられなかったですね」と当時を振り返る。

「監督選びに関しては、やはりクラブのスタイルに合った監督を連れてくるのが理想です。ただ、ウチの場合は予算も限られているので、それを思考力でカバーできる指導者が必要でした。そこで思い出したのが、B級ライセンスで同期だった隆さん。講習会の中で、指導教官が気づかなかったことを僕に指摘してくれたのが印象的でした。的確に言語化して伝える能力が非常に高い。この人しかいないと思いましたね」

今季の躍進を陰で支えた移動と食事の改善

鳥取の塚野真樹社長。昨シーズンの敗因を検証した結果、選手の食事改善を決断 【宇都宮徹壱】

 森岡体制1年目の昨シーズン、鳥取は序盤戦こそ3勝2分け1敗で7位につけていたものの、第8節以降は10試合未勝利で一気に順位を下げ、屈辱の最下位に終わった。一番の敗因は、過酷な移動による負のサイクル。「鳥取の場合、県外に出るまでが大変だし、J3は東北から沖縄までありますからね。相手サポからも同情されていたくらいですよ」と若き指揮官は苦笑する。それでも今季は、かなりの改善が見られるようになったとも語る。

「移動に関しては、バスでの当日入りではなく前泊にしてもらって、新幹線での移動を増やしてもらいました。それともうひとつ、練習後に食事を出してもらえるようになったのも大きかったですね。これだけ環境を改善してもらったんだから、もはや言い訳はできない。ですから、今季の目標は『勝ち点50、得点50、失点30』としました。J2昇格レースに絡めるような、具体的な目標を掲げることにしたんです」

 現場の改善を決断したのは、クラブ社長の塚野である。もっとも、前泊が可能になったのは予算が増えたからではなく、「JR西日本さんにお願いして新幹線代を安くしてもらったから」。その効果はてきめんで、移動の負担が減ったことで、選手のプレーにキレがよみがえった。そして、もうひとつの改革が選手の食事。塚野によれば、昨シーズンの敗因を検証するうちに「これはメシだね」と確信したという。

「去年の失点のうち7割が、セットプレーとクロスで競り負けているのが原因でした。いくらポジショニングや連係を積み重ねても、当たり負けしてしまえば意味がない。数値を測ってみると、除脂肪体重、体脂肪、筋力、そして骨量が増えた選手が7人しかいなかった。食事に関しては、それまでは個人の裁量としていたんですが、食事の内容やタイミングに無頓着だったり、食費を節約してしまったりする選手も少なくなかったんです。ですので、トレーニングが終わって30分以内に、クラブで弁当を出すようにしましたね」

「強小十年」を迎え、快進撃を続ける鳥取の原動力となっているのは、ブラジル人トリオの活躍だけではない。まず、移動と食事が改善されたこと。それを受けて、2年目の森岡監督がJ2昇格のための明確な目標を掲げたことが好影響をもたらしている。もっとも、全国で最も人口が少ない県を本拠としているJクラブにとって、J2昇格を達成することは決して容易な話ではない。後編では、鳥取の躍進を支える経営面での「創意工夫」について、フォーカスすることにしたい。

<後編(5月9日掲載予定)につづく。文中敬称略>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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