退歩しながらロシアに臨む日本代表 西野新監督の「日本化」をどう見るか?

宇都宮徹壱

突如としてよみがえった「マイアミの奇跡」の記憶

4月12日、日本サッカー協会は西野朗新監督の就任記者会見を行った 【宇都宮徹壱】

 日本代表のヴァイッド・ハリルホジッチ監督の解任、そして後任監督に西野朗技術委員長が就任することが発表された4月9日。その日のスポーツニュースは、ずいぶんと画質の荒い、画面比4:3の懐かしい映像を繰り返し流し続けていた。1996年に開催された、アトランタ五輪。男子サッカーのグループリーグ初戦で、日本代表は世界王者のブラジル代表を相手に、奇跡のジャイアントキリングを起こした。いわゆる「マイアミの奇跡」──。当時の映像は、41歳の若々しい西野監督の笑顔をとらえている。

 何しろ22年前の話である。当時のスタメンで今も現役を続けているのは、神懸かり的セーブを連発したGK川口能活(現SC相模原)と、決勝ゴールを決めたMF伊東輝悦(現アスルクラロ沼津)のみ。今回A代表のコーチ兼任となった森保一監督が率いる東京五輪世代は、まだ誰も生まれていない。日本がブラジルに1−0で勝利したことは、今の若い世代も知識として知ってはいるかもしれない。が、シュート数が28対4で相手に圧倒されていたこと、2勝1敗でもグループリーグを突破できなかったこと、そして監督と一部選手との深い亀裂がのちに明らかになったことなどは、おそらく知る由もないだろう。

 96年のアトランタ五輪は、日本にとって68年のメキシコ五輪以来、実に28年ぶりの本大会出場であった。しかしワールドカップ(W杯)については、まだ夢のまた夢。そんな時代にあって「マイアミの奇跡」は、青雲の志を抱いた日本サッカー界が、世界の扉をノックしていた時代の象徴的な出来事として記憶されている。そしてそれは、歴史化の過程にある「美しくもはかない思い出」として、往時を知る世代の間でひっそりと共有されていた。それが今回の「西野新監督就任」によって、22年前の名場面は唐突に脚光を浴びることとなったのである。

 衝撃的な監督解任会見から3日後の4月12日。JFAハウスでは17時より、日本サッカー協会の田嶋幸三会長の同席のもと、新しい日本代表監督の就任会見が行われた。会場を埋め尽くすメディアの多さに、一瞬たじろぐ表情を見せた西野新監督。あいさつの後に語ったのは、「技術委員長としての立場は精いっぱいやってきたつもりですけれども、足りなかったと痛感しています」という前職での反省の弁であった。その上で今回の監督就任については「戸惑いもありました」としながらも、「こういう事態なので『自分が』という思いで引き受けさせていただきました」と、熟慮の末の決断であったことをにじませた。

会見で強調された「日本(人)」というフレーズ

約1時間にわたる記者会見で、西野監督は「日本らしさ」を何度も強調した 【宇都宮徹壱】

 W杯を指揮した唯一の日本人指導者、岡田武史氏がS級ライセンスを返上した今、国内で最も実績のある指導者といえば、やはり西野氏を置いて他にはいないだろう。過去4つのクラブ(柏レイソル、ガンバ大阪、ヴィッセル神戸、名古屋グランパス)を指揮して、リーグ優勝1回、ナビスコカップ(現ルヴァンカップ)と天皇杯で優勝2回、ACL(AFCチャンピオンズリーグ)も制している。2回のJリーグ最優秀監督賞に加えて、AFC最優秀監督賞も獲得。タイトルの数では、まったく申し分ない。その一方で、技術委員長だった人物をそのまま代表監督にスライドさせる道義的な疑義に加え、「チームを立て直す実績に乏しい」という指摘は留意されてしかるべきだろう。

 そんな西野新監督は、どのような日本代表を目指そうとしているのだろうか。実のところ、就任会見のコメントから見極めるのは難しい。それでも、いくつかのキーワードは残している。まず「選手が求めるプレーを出させたい、表現させたいという気持ちです」。そして「個人のプレーに関しては制限をかけたくない」としながらも、「(チームとして)融合していかなくてはいけない」。その上で、選手たちが本来持つパフォーマンスが表現できたなら「間違いなく日本のチームは融合して、結束して、プラスアルファの力が出ると思います」と語っている。要するに、選手の個性や自主性を尊重しながら、融合と結束を図ることでチーム力の上積みを図りたい、ということなのだろう。

 ただし、本大会の目標について問われると「予選(=グループリーグ)は突破したい」と語るにとどまり、それ以上の具体的な言及はなかった。むしろ新監督が強調していたのが、「日本化」とか「日本人」といったフレーズである。デュエル(球際の競り合い)やフィジカルといった、ハリルホジッチ前監督の方向性は継承しつつも「ただ、やはり日本化した日本のフットボールというものがあります」。その上で「日本人選手たちのDNAの中で、やれる部分はもっとある」。あるいは「日本サッカーの良さ、強さはグループとしての強さだと思っています」。さらには「スタッフ編成に関しては、すべて日本人スタッフで」。まさに「ニッポン、ニッポン」のオンパレードであった。

 日本代表の話をしているのだから、「日本(人)」というフレーズが出てくるのは、ある意味、当然かもしれない。だが、田嶋会長による「日本サッカー界が蓄積してきた全ての英知を結集して」という言葉と相まって、過剰に日本的なるものが強調されていることに強い違和感を抱いた。もちろん、日本本来の強みを否定するつもりはない。が、確たる根拠もないままに「日本化」とか「日本(人)の良さ」に依拠することには、やはり危うさを覚える。それこそ、昨今のメディアに散見される「日本すげえ!」とか「世界が絶賛する日本!」といった、ドメスティック極まりない言説を想起せずにはいられない。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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