突然奪われたW杯での楽しみ ハリル監督の電撃解任は何をもたらすか

宇都宮徹壱

「3年間の努力の成果」を見てみたかった

ハリルホジッチ監督の就任会見の様子。ハリルジャパンの「3年間の努力の成果」を見てみたかった 【宇都宮徹壱】

 日本代表監督との別れは、ある日突然にやってくる。

 この20年間は、日本代表がワールドカップ(W杯)での戦いが終わるタイミングが、別れの時であった。それがグループリーグであれ、決勝トーナメントであれ、別れは常に敗戦とセットになっていた。時に結果に納得できないことがあっても、それでも代表監督はサポーターと(もっと言えば日本国民と)ともに戦ってくれた「同志」である。だからこそわれわれは、歴代の代表監督に対して最低限の礼を尽くして別れを告げてきた。

 その一方で不幸なアクシデントによって、代表監督の座を退くことを余儀なくされたケースもあった。病に倒れたイビチャ・オシム氏(2007年)、そして八百長疑惑の嫌疑をかけられたハビエル・アギーレ氏(15年)。いずれも残念な別れであり、かつ日本代表にとっては危機的な状況でもあった。しかし幸い、どちらも当時のJFA(日本サッカー協会)の会長や技術委員長の迅速かつ適切な対応により、それぞれの後任監督(岡田武史氏とヴァイッド・ハリルホジッチ氏)はW杯予選突破という結果を残している。

 そうして考えると、ここ20年の日本代表をめぐるJFAの仕事は(結果はどうあれ)、非常にうまく機能していたと言えよう。ゆえに、だからこそ、今回のハリルホジッチ監督の電撃解任は、二重の意味で納得できずにいる。まず、W杯直前のまさに「これから」というタイミングでの解任であったこと。そして、会長や技術委員長が適切な対応をしていたようには思えなかったことである。とりわけ前者については、今回の解任劇によって「W杯での楽しみを大会前に奪われてしまった」という一点において、極めて遺憾に思えてならない。

 6月にロシアで開催されるW杯は、ハリルホジッチ監督の3年間の「集大成」となるはずであった。確かに、アジア予選突破を決めた昨年8月31日のオーストラリア戦での勝利以降、モヤモヤした試合が続いていたのは事実である。テストであることは理解できても、それが戦力のテストなのか、戦術のテストなのかが不明確で、イライラしながら試合を見ることも少なくなかった。正直、面白さやスペクタクルを感じる試合は、3年間で数えるほどだったと言ってもよい。

 しかし、だからこそ私は、ロシアの地で指揮官が目指したサッカーの完成形を目撃したかった。多少のストレスを感じながら見守ってきた試合の数々が、どんな伏線となって極上のカタルシスへと昇華させてくれるのか。そして「3年間の努力の成果」が、コロンビアやセネガルやポーランドと相対した時、どれだけ通用するのか(あるいはしないのか)、しっかり見極めた上で、ハリルホジッチ時代の3年間を評価したかったのである。

疑問を感じた田嶋会長の説明

選手とのコミュニケーションや信頼関係が「多少」薄れてきたことが、解任の理由になり得るのだろうか 【宇都宮徹壱】

 この3年間の集大成を、ロシアでじっくりと確認する──。それが、今回のW杯での一番の楽しみであり、関心事であったと言っていい(そう思っていたのは、決して私ひとりだけではなかったはずだ)。そうしたサッカーファンの楽しみが、強引な形で奪われたのが、4月9日に発表されたハリルホジッチ監督の解任である。最終的に決定したのは、JFAの田嶋幸三会長。解任の理由を要約すると、以下のようになる。

(1)解任の理由は「マリ戦、ウクライナ戦の後、選手とのコミュニケーションや信頼関係が多少薄れてきた」こと。

(2)上記の問題については、個人名は挙げなかったものの「直接、選手からも話を聞いたことがある」こと。

(3)後任監督に技術委員長の西野朗氏を選んだのは、「ハリルホジッチ監督を最後までサポートしてきた」から。

(4)監督交代の一番の理由は「1パーセントでも、2パーセントでも、W杯で勝つ可能性を追い求めていきたい」という思いによる。

 ハリルホジッチ体制の3年間をフォローしてきた方なら、田嶋会長の発言にいくつもの疑念が浮かんでくるはずだ。コミュニケーションや信頼関係は確かに重要だが、それが「多少」薄れてきたことが解任の理由になり得るのか? しかも監督ではなく、選手の話を重視するのは本末転倒ではないか? そもそも両者の溝を埋めるべき立場にあった西野氏が、そのミッションを果たせないまま代表監督にスライドすることの是非はどうなのか? W杯で指揮を執った経験のない西野氏が、ハリルホジッチ氏よりも「1パーセントでも、2パーセントでも、W杯で勝つ可能性」があると考える根拠は何なのか?

 こうした疑問について、田嶋会長は会見で詳(つまび)らかにすることはなかった。もっとも、上記した疑問点については、すでにあちこちで指摘されているから、ここでは繰り返さない。そんな中、今回の会見で私が最も違和感を覚えたのは「僕はこの危機をしっかりいい方向に持っていきたいと思います。オールジャパンで」という発言であった。「この危機」を招いたのは、ギリギリでのタイミングで解任を発表したJFAであり、さらに言えば田嶋会長ご自身ではなかったか? 私にはどうにも「マッチポンプ」としか思えないし、ここで「オールジャパン」と言われても、ただただ鼻白むばかりである。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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