「水戸モデル」でJ1ライセンス取得へ J2・J3漫遊記 水戸ホーリーホック 後編

宇都宮徹壱

「素晴らしい施設だったから」アツマーレが生まれた

城里町の上遠野町長。「空き校舎の活用」は、町長選の選挙公約のひとつだったと語る 【宇都宮徹壱】

「Jリーグの理念のひとつに『地域密着』というものがありますよね。Jリーガーが練習している場所で、地域の人たちが触れ合う。そして選手側も、文化活動に興味をもってくれて、地域の人たちとの接点が生まれる。そこに意味があるんですよ。ただのクラブハウスなら、税金を投入する価値が見いだせなかったでしょうね」

 続いて登場していただくのが、城里町の町長、上遠野(かとうの)修である。ここまでクラブ側の視点からアツマーレについて考察してきたが、ここで行政側の思惑にも耳を傾けてみるべきであろう。上遠野は水戸市の出身で、14年の町長選挙では36歳の若さで当選。茨城県内44市町村の首長では、現役最年少である。水戸については、「町長になる前に試合に行きましたけれど、勝ち負けよりも花火が目当てでした(笑)」と笑う。そんな彼が、なぜ地元のJクラブを誘致するという発想を持つことに至ったのか。

「実は『空き校舎の活用』というのは、町長選の選挙公約のひとつでした。もっとも、その時はJクラブという発想はありませんでしたが。私が就任した時点で、廃校もしくは廃校が決まっている小中学校は3校あって、そのうちの1つが七会中学だったんです。今だったら(建設費で)50億円くらいはする施設なのに、非常にもったいない。そう思っていたところ、クラブ関係者に見に来てもらったら、気に入っていただきました」

 七会中学が旧七会村唯一の中学校として創立したのは、戦後間もない1947年のこと。生徒数が最も多かったのは、62年度の354人で、その後は減少を続けていたという。アツマーレの原型となる新校舎が建設されたのは97年。やがて廃校となるのは目に見えていただろうに、なぜこれほどまでに立派な校舎を作ったのだろうか。「おそらくはピカピカな校舎を作ることで、村に活気を取り戻したかったのでしょうね」と、当時の村長の心情を上遠野は代弁する。その上で、若き町長はこう続けた。

「でも、それが良かったんですよ。素晴らしい施設だったから『じゃあ、ホーリーホックさんへ』という話になったし、空き校舎だったから3億2000万円でクラブハウスが完成したわけです。普通だったら、用地買収だけで終わってしまいますよ。『どうせ子供は減るし、町村合併になるから』という理由で、校舎がボロボロのままだったら、こうして跡地が活用されることはなかっただろうし、行政としても投資しなかったでしょうね」

「最も魅力がない県」のクラブだからできること

水戸の沼田社長。4月に54クラブの代表者が集まる実行委員会は、この部屋で行われる 【宇都宮徹壱】

「実はアツマーレについては、城里町から『施設を丸ごとホーリーホックさんに差し上げます』という提案もあったんです。でもそれだと、維持費は固定資産税で大変なことになります(笑)。タダで貸していただくということが、われわれにとって重要だったんです。あちらは空き校舎を活用してほしいと思っていたけれど、その具体的なイメージがなかった。われわれはお金と施設はなかったけれど、明確なイメージがありました」

 最後に登場していただくのは、株式会社FC水戸ホーリーホックの代表取締役社長、沼田邦郎である。地元のカバン屋、ヌマタ商事の常務取締役だった沼田が、現職に就いたのは10年前の08年。当時の苦労話は、当連載で以前触れているので繰り返さない。ここで注目したいのは、沼田が言うところの「明確なイメージ」が、サンフレッチェ広島の「吉田サッカー公園」であったことである。吉田サッカー公園は広島の中心街からかなり離れているものの、トップチームが練習拠点として使用している。

「寮や研修所を作ったり、キャンプ場も整備したりしたら、吉田どころかJヴィレッジのミニチュア版はできるんじゃないかと思っています。それと城里町は、日本一おいしいお米を作っているのですが、農家の後継者不足という悩みも抱えています。われわれが活動することで、そうした課題にも何かしらの支援ができるかもしれない。つまり地域経済の循環に関わりながら、育成型のクラブ作りを目指していくという『水戸モデル』というものを目指していきたいと思っています」

 この沼田の言葉に、感慨を覚えるのは私だけではないだろう。J2在籍19シーズン、もはや「J2の風景の一部」と言っても過言ではない水戸が、気がつけばJ2のみならずJリーグ54クラブのトップランナーに躍り出ようとしているのだ。そのことについては、社長の沼田もかなり意識している様子だ。

「ある調査によれば、茨城県は47都道府県で『最も魅力がない県』だそうです。その中でも最もマイナーな町に生まれたのが、アツマーレなんですよ。しかもクラブは、J1ライセンスもなく、隣には(鹿島)アントラーズがある。それでも、いろいろなチャレンジをしながら、これだけのクラブハウスを作ることができました。(村井満)チェアマンが評価してくださったのは、そういう面もあったと思っています」

 今季の水戸は第4節終了時点で首位となり、その後も堂々の上位争いを続けている。これはアツマーレ効果のみならず、クラブが本気でJ1ライセンス取得に動いていることが、現場にも良い影響を与えると見てよいだろう。水戸のエンブレムとマスコットは、いずれも龍。これまでは「眠れる龍」であったが、今季は長い眠りから覚醒して「昇り龍」となるのではないか。そんな予感さえ漂うのが、「一新」された今季の水戸なのである。

<この稿、了。文中敬称略>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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