日本航空石川の持ち味出た9回の攻撃 劇的サヨナラ3ランの原田の心中

楊順行

監督の問いかけに「打ちます!」

日本航空石川は「打ち勝つ」スタイルで明徳義塾からサヨナラ勝ち。写真は逆転サヨナラ3ランの原田(写真右)とガッツポーズする中村監督 【写真は共同】

「打ちます!」

 1点を追う日本航空石川(石川)、9回裏の攻撃だ。先頭の井川隼吾がヒットで出て、続く的場拓真のカウントが3ボール、四球が濃厚となった場面。中村隆監督は、次打者の原田竜聖に問いかけた。バントするか? それに対する原田の答えが、「打ちます!」だ。的場が想定どおり四球で歩くと、中村監督も、肚(はら)をくくった。同点などとは言わず、ここは逆転狙いだ。本能で打つ原田に任せよう。

 原田の心中は、こう。ここまでヒットは出ていないけど、市川悠太のスライダーをうまくとらえて、芯に当たっている。四球のあとだし、ストライクがほしい場面。初球から積極的に行こう。仮に自分がダメでも、後ろには4番の上田優弥がいるし……。

 そして、明徳義塾(高知)・馬淵史郎監督が「ファーストストライクに気をつけろ。なんなら、ボールから入ってもいい」と伝令を出したその、初球。129キロの甘めのスライダーをとらえると、原田が「打った瞬間、入ると思った」といい、一塁側ベンチで真正面に見た中村監督も「あ、サヨナラか?」と躍り上がった打球は、レフトスタンドに飛び込んだ。逆転サヨナラ3ラン――。

「市川投手はスライダーが良く、練習から対策してきました。そのひとつが、ベース寄りに立ち、内側の真っすぐを投げにくくすることでした」

 原田はそう、サヨナラ弾の伏線を明かす。それにしても勝負強い。昨夏の木更津総合(千葉)戦では、9回2死からの同点タイムリーなど4打点で、神宮大会では日大三(東京)とのタイブレーク、無死一、二塁からの先頭でサヨナラ勝ちにつなげるライト前ヒットを放っているのだ。

 明徳義塾・馬淵監督がうめく。

「9回の攻防という展開のアヤやね。ウチは9回、1死満塁のチャンスを逃し、相手はそのチャンスを仕留めた……」

昨夏の経験者残り、打ち勝つスタイル

 1月、能登空港に隣接する日本航空石川を訪ねた。中村監督は現在のチームを、「打ち勝つスタイルで」とスタートしたという。

 前チームが夏の甲子園に出場したため、新チームの始動は遅めの昨年8月中旬だった。練習試合の初戦は、大阪桐蔭。敗れたもののプロ注目の柿木蓮らから6得点(6対13で敗戦)を挙げた。中村監督によると、「旧チームから打線の核が残ったので、手応えはあったんです」。

 夏の経験者は原田、上田の3、4番をはじめ、長谷川拳伸、小板慎之助とずらり。破壊力は抜群で、石川県大会では決勝の9得点を除き4試合が二ケタ得点の5試合58点、チーム打率は4割5分9厘。北信越から神宮大会の公式戦11試合のトータルでは97得点で、上田の5割8分1厘を筆頭に、チーム打率は3割7分9厘(36チーム中7位)だ。上田、原田、小板、長谷川の主軸4人は、いずれも10打点以上を稼いでいる。

 だから、と中村監督。

「打ち勝つことがテーマですから、極力バントもしない。仮にタイブレークになり、打順が下位だとしても、このチームは強攻していくと思います」

 なるほど。明徳義塾戦の9回、先頭打者が出たあと、2番の的場にバントの素振りもなかったのは、その言葉どおりだ。

センバツ初出場も目標は日本一

 打ち勝つチーム、ということは裏返せば、投手力が不安ということだが、投手陣も昨秋の後半から急成長した。1年生だった重吉翼が台頭し、夏の甲子園でも登板した杉本壮志、大橋修人も刺激されて奮起。優勝した北信越大会では、4試合で3失点と結果を出している。膳所(滋賀)とのこの大会初戦も、その3人で4安打無失点の完封リレーだ。

 この日も、先発の左腕・杉本が、手足の攣りで降板する8回途中まで2安打1失点。救援した大橋と重吉がそのあとを無失点と踏ん張ったのが、原田のサヨナラ本塁打につながった。それにしても……公式記録の備考欄には、「原田のサヨナラ本塁打は第90回谷合(明徳)以来19回目」とある。そう、明徳義塾は初戦、谷合悠斗の逆転サヨナラ3ランで中央学院(千葉)をうっちゃり、馬淵監督は史上5人目の春夏通算50勝(30敗)を記録していたのだ。

「高さや球種を間違えると、天国と地獄よ」

 とは、初戦を突破したときの馬淵監督の言葉だが、逆転サヨナラ3ランで勝った明徳義塾が、逆転サヨナラ3ランで敗れるという“天国と地獄”を経験するのだから、野球はおもしろくて怖い。

 ちなみに日本航空石川の中村監督は、「得意な試合展開に持ち込み、勝ちきるのがすごい」と馬淵監督を敬愛する。それを告げると馬淵監督、「ホメ殺しやな」と笑ったが、強攻で勝つという得意な展開に持ち込んだのは、日本航空石川のほうだった。

 2009年夏、能登地方から初の甲子園出場を果たした日本航空石川。今回も、能登からは初めてのセンバツ出場だ。そこで順調にテイクオフし、さらに初めてのベスト8進出。中村監督はいう。

「目標は日本一。まだ通過点です」
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著者プロフィール

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。高校野球の春夏の甲子園取材は、2019年夏で57回を数える。

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