彦根東、元投手が配球読んで逆転弾 真っ赤なアルプスの大声援も後押し

楊順行

サインに首振ったのを見て直球狙いへ

元投手らしく、マウンド上の慶応・生井の2回の首振りからストレートに絞って逆転3ランを放った高内。後ろに見える真っ赤なアルプスの大応援団も後押しした 【写真は共同】

 打席の高内希の目に、真っ赤に染まった一塁側アルプスが映っていた。

「すごい応援。力をもらおう」

 彦根東(滋賀)のモットーは、“赤鬼魂”だ。彦根藩祖・井伊直政が赤い鎧兜で軍勢を率い、“赤鬼”と恐れられたのが由来。彦根東は彦根藩藩校だった「稽古館」(のちに弘道館に改称)の流れを汲み、校舎が彦根城の敷地内にある。だから、ぎっしりのアルプスが赤く染まっているのだ。

 場面は、逆転され、1点を追う8回2死一、三塁。2ボール2ストライクから、高内は慶応(神奈川)の投手・生井惇己が2回、サインに首を振るのを見た。昨年の6月、投手から捕手に転向した高内。バッテリー心理はよくわかる。

「強気な投手。首を振るのは、得意な球を投げたいということだ。よしっ、内角ストレート狙い」

 読みどおり、やや甘い131キロを強振すると、打球は左翼ポール際に飛び込んだ。逆転3ラン――。

進学校、左腕エースと似たもの対決

 彦根東・村中隆之監督は、慶応との対戦が決まる前から気づいていた。慶応は学校創立が1858年で、彦根東は1876年。36校中もっとも歴史が古いのが慶応、彦根東はその次、ということになる。

「伝統校で、はつらつと試合を楽しみながらやっている印象。いいチームと試合をさせていただけるのは喜びです」(村中監督)

 両校はほかにも、9年ぶりの出場でともに進学校というのも共通点。彦根東の2017年度の進学実績では京都大5人、大阪大11人など、現役で国公立に149人が合格している。慶応は同じ年度、ほとんどすべての卒業生が慶応大に推薦合格した。

 就任後初めての甲子園出場という慶応・森林貴彦監督は、「進学校で、頭を使いながら野球をするという部分は同じなのかな、と思います。ただ、(データなどに)頼りすぎたら感性が鈍る。情報におぼれず、感性を大事にしていきたいです」。

 左腕エース、というのも似通っている。慶応の生井は、130キロ台後半のストレートとスライダー、チェンジアップのコンビネーションが武器。昨秋の公式戦ではイニング以上の三振を奪い、防御率2.15と安定している。彦根東の増居翔太は、昨夏の甲子園、開幕戦という緊張がありながら波佐見(長崎)に5失点完投勝利。最速138キロだが、京都大志望という明晰な頭脳も、投球術にはプラスだろう。ちなみにその増居、大会期間中も時間を見つけて勉強をしているとか。

 甲子園での実績は、慶応が上か。1888年創部で、普通部、商工時代を含めて夏は17回出場のうち1916年には優勝を飾り、20年にも準優勝を果たした。春は9回目の出場で、2回のベスト8がある。彦根東は、甲子園出場が春夏6回目。ただ彦根東は、昨夏甲子園初勝利を記録しており、チームとしては初の2季連続出場と充実ぶりが著しい。

エース増居も一冬越えて140キロ

 さて……両左腕の投手戦は、6回に動いた。彦根東は昨夏も経験した朝日晴人らのヒットに相手ミスも絡んで先制。だが慶応は7回、明治大野球部監督・善波達也監督の長男・力の2点タイムリーで逆転する。

 彦根東の増居−高内バッテリーの真骨頂はここからだ。なおも無死一、三塁のピンチに、まず生井をオール直球で空振り三振。「増居が一番自信を持っている球を信じました。変化球を打たれたら、悔いが残りますから」とは高内だ。もともと、スピン量が多いという増居のストレート。慶応の森林監督が「球速以上にいい」と見たように、終わってみれば9三振を奪うことになる。

 さらに、なおも続く1死一、三塁のピンチ。彦根東は、「このチームは終盤に得点できる自信がある。だから1点を惜しむ前進守備ではなく、中間守備で」(今井怜央遊撃手)と併殺網を敷くと、1番の宮尾将をまんまとセカンドゴロ併殺打に打ち取った。ピンチを脱した8回には、今井の自信どおりの逆転劇だ。進学校らしい野球IQで配球を読んだ殊勲の3ランを、高内が振り返る。

「昨夏は、甲子園直前でベンチから外れた悔しさがありました。センバツの初勝利で、新しい歴史を作れたと思います」

 ここのところの不調もあり、この日は秋の4番から6番に降格。だが村中監督は、やってくれそうな予感があったという。

「1打席目からタイミングが合っていましたし、これまでにないスイングをしていた。昨日までとは別人でした。また増居も、冬のトレーニングや理学療法士の指導でフォームが安定した。この大舞台で、いままで見たことない140キロですから」

 結局、4対3。伝統校・進学校対決を制した彦根東の次戦は第9日、相手は花巻東だ。

「2013年の夏に先輩たちが対戦し、負けている相手。やりたいな、と思っていたので、うれしいです」

 キャプテンでもある高内が、満面の笑顔で締めくくった。
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著者プロフィール

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。高校野球の春夏の甲子園取材は、2019年夏で57回を数える。

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