現状を大局的に見据える本田と長友 試される「生き証人」たちの存在意義

宇都宮徹壱

川島永嗣が3年間を過ごしたリエージュにて

日曜日のリエージュにて。中心街の聖ポール大聖堂は日中でも訪れる人はまばらだ 【宇都宮徹壱】

 日本代表が遠征している、ベルギーのリエージュに滞在して5日目。3月25日の日曜日は、ちょうど現地が冬時間から夏時間に切り替わるタイミングであった。

 朝、ホテルで目覚めた時、一瞬だけ「おっと、寝過ごしたか?」と思った。実は25日の午前2時になるタイミングで、1時間分ショートして3時となり、ここから夏時間が始まっていたのである。よって、日本との時差も8時間から7時間に短縮される。27日のウクライナ戦は現地時間14時20分キックオフだが、日本時間ではマリ戦と同じく21時20分。現地にいるわれわれとしては、「原稿の締め切りに1時間の余裕が生まれる?」と思ってしまいそうだが、キックオフが1時間遅くなるので実は何も変わらない。

 23日のマリ戦が1−1のドローに終わり、続くウクライナ戦まであと2日。リエージュでの取材も半分が過ぎた。この日は天気が良かったし、トレーニングの開始時間まで少し余裕があったので、当地に来て初めての観光をすることにする。といっても、ゆっくり美術館めぐりができるほどの余裕はないので、中心街を気の赴くままに歩いてみた。リエージュは階段と坂道が多い街だ。ムーズ川(オランダ語では「マース川」)からそのまま立ち上がったような急斜面には、古い家々が立ち並ぶ独特の景観を楽しむことができる。

 確かにリエージュは、地味だけれど美しい街である。治安もまったく問題ないし、バスの時間も実に正確なので、取材者としては申し分ない。とはいえ、街の規模は首都のブリュッセルに比べるべくもないし、旧市街が魅力的だったブリュージュのような純然たる観光地でもない。1週間も滞在していると、誰でも退屈な気分になってしまうだろう。ふと、日本代表の守護神、川島永嗣のことを思い出す。彼は1週間どころか3年にわたり、この街で暮らしていたのである。

 2010年のワールドカップ(W杯)南アフリカ大会で活躍した川島が、ベルギーのリールセSKを経てスタンダール・リエージュに移籍したのは12年のこと。1年目こそフル出場を果たしたものの、最後のシーズンはレギュラーを剥奪され、大きな挫折を味わうことになる。それからフランスのFCメスで復活するまでの2年以上にわたり、彼は長き雌伏の時代を過ごすことになる。失意と葛藤のさなかにあった川島に、リエージュののどかな風景はどのように映ったのだろう。そんなことを考えながら、トレーニング施設に向かうバスに乗車した。

W杯を「2大会経験した」という重み

ウクライナ戦を控えた日本代表。2大会を経験したベテランたちがチームを引っ張る 【宇都宮徹壱】

 この日のトレーニングは14時30分にスタート。ミーティングは短めだったものの、その分ランニングにはいつも以上の時間をかけ、冒頭15分でクローズとなった。マリ戦で左ひざを痛めた宇賀神友弥はホテルに残り、同じ試合で左ふくらはぎを負傷した大島僚太、そして右内転筋に違和感を訴えた大迫勇也は別メニューとなった。宇賀神と大島は、ウクライナ戦での出番はないと見ていたが、大迫までもが離脱となるとスタメンはかなり違ったものとなるのは必至。おそらく杉本健勇にも出番がありそうだ。

 トレーニング後のミックスゾーン。この日、最もメディアの注目を集めていたのは、長友佑都と本田圭佑だった。かたや不動の左サイドバック、かたや右MFの2番手。今の日本代表での立場は大きく異なるが、共に過去2回のW杯──すなわち10年南ア大会の快挙と14年ブラジル大会の挫折を経験する、数少ない歴戦の「生き証人」である。とりわけ本大会前のどん底から這い上がった、岡田武史監督率いる8年前の日本代表に現状を重ねるならば、やはりこの2人から話を聞くほかないだろう。両者のコメントは以下のとおり。

「日本は(W杯のある)毎4年、違うサッカーをしてここまで来ているというのが現状。次のステップに行かないといけない──そう、ずっと言ってきたことだけれど、その転換期に来ていると思う。僕はこの難しい状況をどう打開するかということを、1人の選手として、日本人として考えているし、トライしようと思っていることもある」(本田)

「僕自身は2大会経験しましたが、今の状況は10年にかぶる部分がありますね。選手も監督も、1人1人が危機感を持っているので、いい形で進める可能性はある。この状況を逆転できるものがそろっていると、僕は思っています。今回の(インテルからガラタサライへの)移籍もそうだけれど、ここはチャンスだとポジティブに捉えたいです」(長友)

 本田にしても長友にしても、過去2大会の経緯を知っているからこそ、この状況を大局的に見据えている。思えば前回の14年大会のメンバー23名のうち、2大会を経験していたのは遠藤保仁のみ。その遠藤が、直前のマイアミ合宿で「この状況は06年大会に似ている」と語っていたのは、今にして思えば暗示的である(周囲もチーム内も楽観ムードだった14年大会は、その8年前のドイツ大会直前と非常に似た雰囲気であった)。

「毎4年、違うサッカーをしてここまで来ている」という本田の発言は耳が痛いが、「今の状況は10年にかぶる部分がありますね」という長友のコメントには、チーム浮上のヒントを見いだしたいところだ。本田や長友以外にも、今回のメンバーには川島がいるし、何よりキャプテンの長谷部誠もいる。失意に終わったマリ戦。それだけに続くウクライナ戦では、彼ら歴戦の「生き証人」たちの存在意義が試されるように思えてならない。
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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