勝負所で“我慢”ができた高木菜那 清水宏保氏が女子マススタートを解説
新種目のスピードスケート女子マススタートで金メダルを獲得した高木菜那 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】
高木菜は準決勝第1組に登場し、4周目の中継ポイントを1位で通過して5点獲得。その後は体力温存もあって、集団後方につけて確実にゴールし、決勝進出を決めた。決勝レースでは集団の中でオランダ選手をマークすると、最後の2周で飛び出したところをしっかりとついていき、最後のコーナーで内側から抜き去って優勝した。一方、高木菜と同じくチームパシュートの金メダルメンバーだった佐藤綾乃(高崎健康福祉大)は、準決勝第2組で他選手の転倒の巻き添えとなって敗退した。
今回のレースについて、長野五輪スピードスケート男子500メートル金メダリストの清水宏保さんに解説してもらった。また大会全体を通して、日本スピードスケート陣の活躍について話を聞いた。
コーナーで膨らむことを予想して内側を狙う
高木菜(中央)は最終コーナーでオランダの選手が膨らむことを予想し、内側から抜き去った 【写真:松尾/アフロスポーツ】
本来はワンツーフィニッシュを狙えるような種目でしたが、佐藤綾乃選手が転倒してしまいました。チーム戦ができる予定だったレースで1人になってしまいましたが、それはそれで高木菜那選手にとっては、虎視眈々(たんたん)と(メダルを)狙えるということで、1人のレース展開に集中できることになったという意味では良かったのかもしれません。元々、菜那選手は優勝を狙える力を持っていましたので。
――決勝でのレース展開を振り返ると、高木選手はオランダのイレーネ・シャウテン選手をマークし、しっかり後ろについていくという戦略を取りました。この戦い方については?
狙い通りだったと思います。「オランダの選手をマークしていた」とレース後のコメントでも言っていましたね。ただその中で、やはり不気味だったのが韓国のキム・ボルム選手でした。キム選手が菜那選手をマークしていて、それが異常なまでにきついものでした。(高木の)お尻を両手で押さえ込むようなシーンが何回も見られ、それが嫌な部分もあったと思います。ただそこを冷静に対処した精神力も素晴らしいと思いますし、何よりも評価すべきは、最後の1周です。
オランダの選手がスパートをかけて、最後の1周の最初のカーブのところで、コーナーの出口で膨らんでいきました。それを見た菜那選手は最後のゴール前のコーナーの中間地点をやや外側で周り、オランダの選手が膨らんでいくのを待っていたんです。膨らむことを予想して、そこを内側から抜いていきました。
これは綾乃選手ができなかった部分でした。綾乃選手は(準決勝のレースで)ポイントを取りにいく時、慌てて外側から抜こうとしていました。それは集団でのレースの中では冷静さを欠く展開で、やはり選手は「ポイントを取りたい」「先に先頭を取りたい」という心理が働いてしまうので、その場合に外側から抜こうとしてしまいます。それを我慢できるかできないかの部分が大きくて、勝因を分けたのがその“我慢”。たったコンマ何秒の部分ですが、それが判断できるかできないかが、菜那選手の勝敗を分けたポイントでした。
高木が“主役”になれる展開だった
自分のレースができたことで、“主役”になれた高木菜那 【写真:ロイター/アフロ】
菜那選手は元々、レースの中で計算できる能力を持っている選手です。ただそれはW杯の作戦の中で、たとえばペアを組んで綾乃選手に優勝させる役割に徹していた部分もあったと思います。今回はそれが1人になり、自分のわがままを通せるレース展開にできたわけです。それはワンツーフィニッシュを狙うというわけでなく、自由に、わがままにレース展開を作れたことは、金メダルを取るためには良かったかなと思います。
――マススタートに関しては「チーム戦になる」という予想も立てられていましたが、その逆の展開になったことが好転したということですね。
そうですね。しかも今回は、男子も女子もですが後半が「力技の展開」と言いますか、スピードを出すレース展開になりました。そのスピードに対応する流動的な動きの中で、スピードに対応しながら判断するレースは、菜那選手が一番適していたということです。
今回の五輪では、(フィギュアスケートの)羽生結弦選手、スピードスケートの高木姉妹、そして小平奈緒選手が、自分の力を発揮できる展開になり、まさに“主役”になったと思います。