平野歩夢が語った“本音” 五輪とスノーボード文化のはざまで

野上大介
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金メダル候補として取材を受けた直後に出た言葉

平野歩夢、19歳。前例のない道を歩んでいく 【Akira Onozuka】

「日本で五輪を目指すことは、スノーボードの文化価値で考えると完全に別物ですよね。五輪はもっと社会的なものっていうか、違うスポーツなのか?って思うくらい理解しなきゃいけないものが多い。そこで自分のスノーボードをすべて表現するのは、かなり難しいことだから」

 2017年8月、平野歩夢が生まれ育った故郷である新潟・村上を訪れた。彼の父である英功さんが設立や運営に携わっている日本海スケートボードパークで4歳の頃からその腕に磨きをかけてきたという話は、14年のソチ五輪の際に多くのメディアが取り上げていたのでご存じの方も多いはずだ。

 現在はそこに隣接する形で、足場を組んで造られたスノーボード用のバッグジャンプ(アプローチに人工芝、着地部にエアバッグを敷き詰めたジャンプ練習施設)が存在する。そこで、マスメディア向けに公開練習を行って囲み取材を受けるというタイミングにお邪魔させてもらった。数多くのテレビカメラが“平昌五輪の金メダル候補”である歩夢を追いかける現場を目の当たりにしたわけだが、アスリートとしてここまで世間から大きな注目や関心を集めた前例はスノーボード界にない。そうしたことを踏まえて行った直後のインタビューだっただけに、冒頭でつづった本音が思わず飛び出したのかもしれない。

「スノーボードの文化っていうのはカッコいいスタイルを大事にしていて、そこにこだわってる人が多いじゃないですか。オレもスノーボーダーとしてカッコいい滑りで表現したり自分のスタイルを貫いてやりたいけど、コンテストライダーとしてこっちの道に進んだことで自分の可能性が広がった分、そういった気持ちが真逆に傾きました。そのためにはカッコ悪いこともしないといけないし、本意じゃない自分を出していかないとこの世界では通用しない。そういったことは多々ありますね」
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著者プロフィール

スノーボードジャーナリスト。1974年生まれ。スノーボード歴25年。全日本スノーボード選手権大会ハーフパイプ種目に2度出場するなど、複数ブランドとの契約ライダーとして活動。2004年から世界最大手スノーボード専門誌の日本版に従事。約10年にわたり編集長を務め、16年3月に退社。同年8月、『BACKSIDE』をローンチ。各種スノーボード競技において、テレビでの解説やコメンテーターとしても活動中

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