最後まで攻めの姿勢を貫いた伊藤美誠 変化を恐れずに取り組み全日本初制覇

月刊『卓球王国』

対照的な“ミウミマ”の浮き沈み

同級生・平野美宇との“ミウミマ対決”を制し、女子シングルス初制覇となった伊藤美誠 【写真:田村翔/アフロスポーツ】

「全日本での借りは全日本でしか返せない」――。

 卓球の全日本選手権女子シングルス決勝で、同級生であり、前回女王の平野美宇(JOCエリートアカデミー/大原学園)との“ミウミマ対決”を制し、初優勝を飾った伊藤美誠(スターツSC)は優勝会見でそう語った。

 全日本選手権(一般、ジュニアの部)での2人の対戦は今回が3度目。初対戦は中学2年生時の14年度大会のジュニア女子準決勝。フルゲーム14−12の激戦の末、伊藤が逆転で平野を下した。2度目の対戦は中学3年生時の翌15年度大会の女子シングルス準決勝。今度は平野が圧巻のプレーで伊藤にストレートでリベンジを果たす。敗れた伊藤は「今までで一番強かった」と平野のプレーを評した。

 この対戦から今回の決勝戦までの2人の浮き沈みは対照的だ。伊藤に勝利し、史上最年少で決勝に進出した平野だが、16年世界選手権(団体戦、マレーシア・クアラルンプール)の代表からは落選。一方の伊藤は主力として日本の2大会連続となる銀メダル獲得に貢献。さらにリオデジャネイロ五輪では女子団体銅メダルに輝き、卓球競技史上最年少メダリストとなる。

 リオ五輪の歓喜の中、リザーブ(補欠)として伊藤を見届けた平野は化けた。16年10月に行われた女子ワールドカップ(米国・フィラデルフィア)を史上最年少で制し、16年度全日本でもシングルス史上最年少優勝を果たす。ここから勢いはさらに加速し、17年4月のアジア選手権(中国・無錫)で中国勢を連破し優勝、17年世界選手権(個人戦、ドイツ・デュッセルドルフ)でも日本48年ぶりとなる3位入賞と大ブレークを果たした。

 反対に伊藤は、リオ五輪以降は成績が思うように伸びない。16年度全日本では平野が史上最年少優勝を果たす中、ベスト32で敗戦。ダブルスでこそ早田ひな(日本生命)とのペアで17年世界選手権3位など結果を残すものの、センセーショナルな平野の活躍に比べると、ややシングルスの成績は伸び悩んだ。この時期を伊藤は「卓球人生で初めて相手に向かって来られる感じがした。プレッシャーはないつもりでも、どこかで感じていて試合が少し恐かった」と振り返る。

「正面突破」の攻撃力を身に付けた

ラリー戦での攻撃力を上げ、最後まで攻めの姿勢を貫くという「変化」を見せた 【写真:田村翔/アフロスポーツ】

 そんな2年間を経て迎えた全日本で3度目となる“ミウミマ対決”。2年前の全日本の対戦とは逆に、今回は伊藤のプレーがさえた。バック対バックの展開で優位に立ち、平野得意の連続攻撃に対しても目の醒めるようなカウンターを連発。サービス・レシーブも面白いようにハマり、一気に平野を押し切った。伊藤は前日までに混合ダブルスと女子ダブルスを制しており、女子では史上3人目の3冠を達成。堂々の戦いぶりを見せて、出場した3種目で一度も負けることなく全日本を戦い抜いた。

 昨年度の全日本で平野が優勝した際、口にしたのは「変化」。それまでの安定重視から、攻撃力重視へプレーを変え、精神面でもたくましさを増した。同様に伊藤も今大会後に復調、そして優勝のキッカケを「自分が変わらないと勝てない」という思いだとコメント。フットワーク練習を増やし「ラリーで打ち勝つ」ことを志向してきた。

 平野戦での伊藤のプレーはまさに正面突破。もちろん戦術もあっての勝利だが、ラリー戦に抜群の強さを見せる平野にラリーで打ち勝った。小柄な伊藤だが、強打の威力は小学生時代から折り紙付き。その強打をピッチの早いラリー戦の中で、さらに相手の渾身(こんしん)の一球に対して食らわせる場面を今大会は数多く目にした。フットワーク練習を重ね、動きの速さや範囲が広がったこともあるが、これも動きの安定感が増した故のプレーであろう。ラリー戦での攻撃力という幹が太くなることで、持ち前の器用さを生かしたテクニックもより光るようになった。ミスが出ても表情に曇りがなく、最後まで貫いた攻めの姿勢にも、新しい「伊藤美誠」が見えた。

 現状に満足することなく、恐れずに変わること。そんな「変化」こそが勝ち続けるための唯一の道だ。

 リオ五輪男子シングルスで銅メダルを獲得し、前人未到の9度の全日本優勝を成し遂げた水谷隼(木下グループ)も全日本で毎年「変化」を見せてきた選手だ。大会ごとにさらに精度を増したテクニック、新たな技術を披露し「変化」し続けることで、誰もなし得なかった数の優勝を積み重ねてきた。同じプレーを続けていたら、やがて取り残されるのがスポーツの厳しさ。変化を恐れぬ、チャレンジスピリットを持つ者のみが現状を打破し、栄冠に輝くことができる。競争が熾烈(しれつ)な日本卓球界で勝ち抜くには、一層その「変化」は重要になる。昨年度の平野、そして今回の伊藤ともに「変化」に挑んだからこその「突破力」を感じさせられる優勝だった。

20年東京五輪へ熾烈なライバル同士の争いが続く

20年東京五輪に向けて、平野(左)や石川(右)といったライバルたちとの争いも熾烈になっていくだろう 【写真:田村翔/アフロスポーツ】

 ともに10代で全日本を制し、世界でもメダルを獲得した伊藤と平野。そんな才能が同時期に、しかも同じ年齢でプレーしているのは希有な事だろう。

 2人が出会ったのは「初めて会ったのはたしか4歳くらい」(伊藤)。その後、試合会場や合宿などで顔を合わせ、仲を深めていった2人。幼少期から注目を集め、抜きつ抜かれつ、高いレベルで実力を競い合い、力をつけていった。2人で組んだITTF(国際卓球連盟)ワールドツアーのダブルスで、シニア相手に結果を残し、世界からも注目を集める存在となっていく。目標はともに五輪での金メダル。幼い頃からライバルとして競い合ってきた2人だが、その関係は年齢が上がり、目標が現実的なものとして近づくにつれ、どこか微笑ましかったライバル関係から、よりシビアなアスリートとしてのライバル関係に変わっている。

 伊藤、平野をはじめ、同世代は早田、浜本由惟(日本生命)、加藤美優(日本ペイントホールディングス)ら個性豊かなタレントがそろう「黄金世代」。伊藤はかつてのインタビューで「前は『なんでこの年に生まれたんだ』と思っていたけど、今は他の人からたくさん刺激を受けるし、それがプラスになる」と語った。その黄金世代の中で、トップを走り続けるのは伊藤と平野であり、一方の存在が、もう一方の存在も照らしてきた。その関係は今後も続いていくだろうし、その競争は他の選手をも大いに刺激する。もちろん、昨年度の全日本で平野、今年度の全日本で伊藤に敗れた女傑・石川佳純(全農)もこのまま黙っているタマではない。

 伊藤と平野、2人の目線の先にあるのはもちろん東京五輪。このビッグゲームへの出場、そしてメダルを目指す。東京五輪まで、900日あまり。大会を迎える時はともに19歳。若いからこそ時間をムダにはできないし、それは2人が一番感じているに違いない。熾烈であり、幸福な競争の中で、2人の成長は加速していく。

(文:浅野敬純/卓球王国)
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