選手権上位に見られた交代枠5の積極活用 今後は「総力戦」が勝ち上がりの鍵に

安藤隆人

ベスト4の3チームは5枠を有効活用

第96回全国高校サッカー選手権で初優勝を飾った前橋育英。ベスト4のうち3チームは選手層が厚かった 【写真:アフロスポーツ】

 たかが1枠、されど1枠。

 1月8日に幕を閉じた第96回高校サッカー選手権は、交代枠5の大きさを痛感した大会になったと言えよう。今大会から交代枠が従来の4から5に増え、この5枠を一番有効活用したのが、ベスト4に入った矢板中央(栃木)、準優勝の流通経済大柏(千葉)、そして初優勝を飾った前橋育英(群馬)だった。この3チームに共通しているのが、「選手層が厚く、誰が出ても安定した力を発揮できる」ということだ。

 今年の前橋育英は前線のバリエーションが高校ナンバーワンの充実度を誇っていた。今大会はメーンが186センチの2年生長身FW榎本樹と、切れ味鋭いドリブルと一瞬の裏への抜け出しを駆使して、大会得点王に輝いたFW飯島陸の2トップだが、途中から榎本に代わって入って来る185センチの屈強なFW宮崎鴻の存在は驚異だった。日本人の父とオーストラリア人の母を持ち、フィジカルコンタクトの強さと俊敏性を併せ持つ、規格外のストライカーが後半に入ってくると、相手守備陣はさらなる消耗を強いられることになる。

 そもそも春先からしばらくは宮崎がレギュラーだった。しかし、インターハイ(高校総体)で榎本が大ブレークし、得点王になったことで序列が変わったのだ。宮崎がスタメン奪取を諦めたわけではないが、この「榎本→宮崎ライン」ができたのはチームにとって大きなことだった。2回戦、3回戦、準決勝で見られたこの不動のラインで、交代枠は1つ埋まった。

 そして、インターハイではFWとMFの両方をこなした2年生の高橋尚紀が台頭。これで火が点いたのがMF五十嵐理人だった。チームナンバーワンのスピードを誇る五十嵐だが、高橋に加えて2年生FW室井彗佑もスピードタイプで高いスキルを持つ。彼らの台頭と自身のけがもあり、五十嵐は一時期、レギュラーから外されてしまった。

「悔しかった。2年生の台頭は脅威しかなかった。でも、自分のスピードは絶対に負けないと思い、磨き続けた」(五十嵐)

 そしてレギュラーを奪い返すと、準決勝の上田西(長野)戦で2ゴールを挙げるなど、左サイドから驚異的なスピードで攻撃を活性化。「あとには高橋などがいるので、僕はスタートから全開でプレーできる」と、スピードで相手をかき乱してから、フレッシュな高橋が投入され、さらに相手をかき乱す。2回戦、3回戦で交代カードが切られた、この「五十嵐→高橋尚ライン」も強烈だった。

 3回戦の富山第一(富山)戦では攻守の要のMF田部井涼が負傷し、米子北(鳥取)との準々決勝は2年生MF秋山裕紀が代役として抜てきされた。彼はインターハイではメンバー外で、それ以降に急速に伸びてきた選手。「秋山は落ち着いてプレーできる選手。本当に頼もしい」と田部井涼が語るように、冷静なボールさばきとポジショニングでチームのピンチを救った。

交代5枠の効果でチームが勢いづく

上田西戦で途中出場からゴールを決め、チームを活気づけた釣崎椋介(左) 【写真:田村翔/アフロスポーツ】

 一方でディフェンスラインは昨年の4バックがそのまま残り、2017年度を通じてフルで機能し続け、今大会も負傷者が出なかった。これにより、守備のための交代枠1を残しておけば、あとは中盤から前の選手リレーに集中することができたのも大きかったといえる。

 そして、チームを盛り上げたのが、準決勝で途中出場からゴールラッシュの締めくくりを飾った6点目のゴールを決めたMF釣崎椋介の存在だ。サンフレッチェ広島ジュニアユースからやって来た釣崎は、「すごく明るくて、誰からも好かれるタイプ」と飯島が語るチームのムードメーカー。3年生となった今年もあまりメンバーに絡めず、インターハイではメンバー外。それでも諦めないでコツコツと努力を続ける姿をみんなが知っていた。だからこそ、後半43分にMF田部井悠に代わって、釣崎が投入されただけでスタンドが大いに沸き、ピッチ上も一気に活気づいた。

 釣崎が後半アディショナルタイムにゴールを決めると、5−1と既に勝負は決まっているにもかかわらず、ピッチ、ベンチ、そしてスタンドがまるで先制弾が決まったかのような盛り上がりを見せた。

 こうした選手を「チームの気運を高めるため」に使えるのも、交代枠が増えたメリットだと言えよう。必勝リレーの2枚に保険の2枚、そしてチームを活気づける1枚。前橋育英は2回戦と準決勝で5枠、準々決勝で4枠を活用した。

 交代出場がメーンだった宮崎は、5枠に増えてチーム内に起こった変化をこう証言する。

「山田(耕介)監督は選手たちをうまく休ませるために、交代枠を有効活用しているのが分かります。交代できる選手が1人増えたので、ベンチメンバーからすると相当燃えるものが出てきたと思います。3や4だとある程度、変わるメンバーが固定されますが、『5』だと誰が出るか分からない。

 ですので、アップのときからみんな『俺がいく!』という気持ちを前面に出していますね。アップ中に『俺が出るから』、『いや、俺でしょ』とか、みんなで言い合っていますから(笑)。すごくアップが活性化されて、より交代出場選手がいい状態で入っている。そして入っている選手が結果を出したからこそ、チームが勢いづいて、ここまで来られたと思います」

 そして決勝では、秋山が準決勝でつないでくれたおかげで、田部井涼を頭から出すことが可能に。万全ではない田部井涼が出場したが、後には秋山が控えており、不安はなかった。そして、田部井涼はフル出場。彼を含めピッチ上にいた11人がベストのパフォーマンスを見せたことで、交代は五十嵐→宮崎というカードで、前線の圧力を高めるだけでよかった。結果、後半アディショナルタイムに榎本が決勝弾を挙げ、押し切る形で流経大柏を下し、見事に悲願の優勝をつかみとった。

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著者プロフィール

1978年2月9日生まれ、岐阜県出身。5年半勤めていた銀行を辞め単身上京してフリーの道へ。高校、大学、Jリーグ、日本代表、海外サッカーと幅広く取材し、これまで取材で訪問した国は35を超える。2013年5月から2014年5月まで週刊少年ジャンプで『蹴ジャン!』を1年連載。2015年12月からNumberWebで『ユース教授のサッカージャーナル』を連載中。他多数媒体に寄稿し、全国の高校、大学で年10回近くの講演活動も行っている。本の著作・共同制作は12作、代表作は『走り続ける才能たち』(実業之日本社)、『15歳』、『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、『ムサシと武蔵』、『ドーハの歓喜』(4作とも徳間書店)。東海学生サッカーリーグ2部の名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクター

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