上田西、ついに「遠い存在」の埼スタへ 快挙の裏に長野の事情と地道な努力

元川悦子

光ったキャプテン・大久保の統率力

長野県勢初となるベスト4進出を決めた上田西は、キャプテン大久保(左)を中心に団結力を見せた 【Noriko NAGANO】

 長野県勢初の回全国高校サッカー選手権4強入りを目指し、1月5日の準々決勝・明秀日立(茨城)戦に挑んだ上田西(長野)。3−2で勝利こそつかんだものの、立ち上がりは苦しんだ。

「相手が3−4−2−1でくるかなと思っていたけれど、4−4−2できたこともあって、いい入りができなかった」と白尾秀人監督も言うように、序盤は2日の京都橘(京都)戦、3日の帝京大可児(岐阜)戦のような鋭さが影を潜めた。そして、この立ち上がりの悪さが開始12分の失点を招いてしまう。「正直、きついかな」と指揮官も感じるほど、彼らはいきなりの苦境に追い込まれた。

 しかし、キャプテン・大久保龍成が「僕らは跳ね返せる。ウチのFWなら必ず点を取ってくれる。失点を気にせずやろうと思った」と振り返ったように、厳しい試合をしぶとく勝ち上がってきた選手たちはひるまなかった。流れを力強く引き寄せたのが、失点から4分後の上原賢太郎のPK奪取。相手DFにペナルティーエリア内で倒されて、同点チャンスを手にしたのだ。キッカーはその上原と思われたが、ペナルティースポットに立ったのは背番号2の大久保。「上原は『俺が取ったら自分が決める』と言っていたけれど、試合前から自分が蹴ると決まっていたので」とキャプテンは仲間を制して豪快なシュートを蹴り込み、試合を振り出しに戻した。

 これで冷静さを取り戻した上田西は、7分後に宮下廉が左CKを自ら決めて逆転に成功。2−1とリードして試合を折り返す。さらに後半開始早々には、前半終了間際に出場したロングスローの名手・田嶌遼介の飛び道具から3点目を奪う。エースFW根本凌が頭ですらしたボールをDF田辺岳大が右足でゴール。「根本君が練習通りの形ですらしてくれて、いいところにボールが来たので良かった」と本人も満面の笑みを浮かべた。敵将・萬場努監督が「後半いけると思ったが、3点目でかなり苦しくなった」と苦渋の表情で語るほど、大きな意味を持つ3点目だった。

 その後、明秀日立も猛攻に出て、上田西は1点を返されたが、大久保が体を張った守備でピンチを次々と跳ね返し、同点弾を許さなかった。「2失点しているので、今日は10点満点だと5点」と守備の要は自身のパフォーマンスに辛い評価を下したが、彼の的確な読みとカバーリングがチームを救った場面は少なくなかった。白尾監督も「今日も龍成がしっかり声をかけて、チームをまとめてくれた」と主将の統率力に感謝した。彼を中心に一体感と団結力を80分間維持した上田西はとうとう長野県勢最高のベスト4進出を達成。憧れの埼玉スタジアム2002へと駒を進めることができたのだ。

「全国1勝」が目標だったが……

 大久保らはちょうど1年前の選手権準決勝を日本最大のサッカー専用スタジアムで実際に観戦している。白尾監督が今回のチームを立ち上げるにあたって、1、2年生70人をバス2台に乗せて会場入りし、高校年代最高レベルの戦いを目に焼き付けさせたのだ。

「来年はここで試合をするんだ。全国制覇を目指すぞ!」

 指揮官は力強い言葉を口にしたが、本気で受け止めた選手は少なかったようだ。

「埼玉スタジアムはJリーグや国際Aマッチもやっている憧れの場所。でも僕らは長野県優勝を目指していたので、そこまで考えられなかった。全国大会出場が決まった後も『全国1勝』が目標でした」と大久保も神妙な面持ちで語っていた。

 実際、長野県リーグ1部で戦っている上田西にとって埼玉スタジアムというのは遠すぎる存在に違いない。彼らが普段、使っている学校の校庭はもちろん土。J1昇格経験のある松本山雅FCでさえ、天然芝と人工芝を交互に使いながら練習している状況だから、長野県の高校サッカー部が天然芝を使うチャンスは皆無に近い。埼玉のような美しく整備された国際基準のピッチに立てる高校生はほんの一握りなのだ。

 加えて上田西の場合、降雪のある12〜3月はグラウンドを使えない日が多い。「グラウンドがグチャグチャになる時は近くにあるジョギングコースを走ったり、120段くらいある神社の階段を駆け上がったりと、走る練習がほとんど。ずっと走っているので体力だけは自信があります」と大久保も苦笑いしていたが、選手権の連戦でも足がつる人間が1人も出ないのは、過酷な環境を耐え抜いてきたからだろう。

地道な努力の積み重ねが成果に

地道な努力の積み重ねでタフさを身に着けた上田西。憧れの埼玉スタジアム行きを決めた 【Noriko NAGANO】

 タフさを養えたもう1つのポイントが朝練だ。彼らは毎日7時から自主的にトレーニングを行ってきたという。

「長野県の公立高校は朝練を思うようにさせてもらえないところが多いのですが、2年前に上田西に来てからはできるようになりました。僕が国見にいたころ、朝練を自主的にやるのは当たり前だった。嘉人(大久保=川崎フロンターレ)が高校総体、高円宮杯、選手権の3冠を取った時は朝6時からみんなそろってグラウンドに立っていました。その話をウチの選手たちにしたら『6時は早すぎる』と(苦笑)。嘉人たちに比べると意識が低いですけれど、それでも向上心を持って一生懸命取り組んでくれています」と白尾監督も前向きに話す。こうした地道な努力の積み重ねがあったから、上田西は長野県勢がぶち当たってきた壁を突破できたのではないか。

 6日の準決勝は前回準優勝、今年の高校総体4強の強豪・前橋育英(群馬)が相手。白尾監督にとっては、名将・小嶺忠敏監督(長崎総科大附)門下生の先輩である山田耕介監督の胸を借りることになる。

「前育さんとは今年、練習試合を3回させてもらって、2−3、0−2、0−1と全敗しています。しかも出てきたのは15番目以下のメンバー。Aチームとは一度もやらせてもらっていません」と白尾監督は実力差を認めている。

 それでもサッカーは何が起きるか分からない。彼らが厳しい環境下でつちかってきた走力とたくましさ、泥臭さでぶつかれば、奇跡が起きないとも限らない。山田監督も「上田西は真摯(しんし)に、まじめにサッカーをするチーム」と最大級のリスペクトを口にした。その強豪相手に彼らはどこまで食らいつけるのか。いずれにせよ、憧れの埼玉の大舞台で持てる力を全て出し切ってほしいものだ。
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著者プロフィール

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

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