アンデルセン監督が率いる北朝鮮代表の今 E−1選手権は「真価」を問われる場に

李仁守

25年ぶりに外国人監督を招へいした北朝鮮

E−1選手権のために来日したアンデルセン監督。北朝鮮では25年ぶりとなる外国人監督だ 【写真:ロイター/アフロ】

 2016年5月、あるニュースがサッカー界でちょっとした話題になった。朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)が、外国人監督を招へいしたのだ。同国が海外から指導者を招くのは、実に25年ぶりのことである。

 ワールドカップ(W杯)アジア2次予選敗退が決まった後から北朝鮮代表を率いているのは、元ノルウェー代表のヨルン・アンデルセン監督。15年末までは、オーストリア2部のSVオーストリア・ザルツブルクを指揮していた人物だ。現役時代には、ブンデスリーガのフランクフルトなどでストライカーとして活躍し、同クラブでは外国人選手として初の得点王に輝いたこともある。

 欧州で経験を積んだ指導者が東アジアの“古豪”と言われて久しい北朝鮮代表の監督に就いたわけだが、こうした変化は、日本代表にとっても見過ごせない。何しろ、12月8日から日本で開催されるEAFF E−1サッカー選手権の初戦(9日)で、ハリルジャパンが対戦するのが北朝鮮代表である。

 しかも、今回の日朝戦は、ハリルジャパンにとって“雪辱戦”となる。

 2015年の同大会(当時の名称はEAFF 東アジアカップ)で、日本は北朝鮮と対戦し、1−2で敗戦。ハリルホジッチ監督就任後、初の黒星を喫しているのだ。

 それだけに気になるのは、アンデルセン監督のサッカースタイルだろう。

「身長も高いし、ガタイもいいので、威圧感はすごいですよ(笑)。普段は寡黙な人ですが、サッカーのこととなると、途端に熱くなる。練習や試合では声を荒げていて、昔はストライカーだったというのも何となく分かります」

 東京都町田市に位置する「ゼルビア×キッチン」の屋外テラス席でそう話したのは、金聖基(キム・ソンギ)だ。J2・FC町田ゼルビアに所属し、10年から北朝鮮代表に選出。E−1選手権でもメンバー入りしている在日Jリーガーである。キムは続ける。

「僕たちJリーガーも含め、海外組にはとても気を配ってくれていますね。チームに合流すると、必ず個々人とコミュニケーションを取ってくれるんです。“Jリーグはどんな状況だ?”とか、“コンディションはどうだ?”とか。だから、僕も言いたいことを言いやすいし、監督からもいろいろな意見を聞くことができています」

「ポゼッション重視」の戦術を採用

町田でプレーするキム・ソンギ。アンデルセン監督の就任は“劇薬”だと語る 【写真:李仁守】

 平壌の高級ホテル「高麗ホテル」で妻と愛犬とともに生活しているアンデルセン監督には、送迎車や通訳も用意されているというが、選手とのコミュニケーションも円滑に行われているということだろう。アンデルセン監督の就任前と比べ、チームのムードも変わったとキムは感じている。

「アンデルセン監督は、選手の自立性を重んじるので、選手個々の裁量が広がった気がします。これまでの代表チームは、国内の監督が厳しくチームを律してきましたが、アンデルセン監督体制では、比較的、選手が自由にやっているように感じます。私生活には口を出しませんし、サッカーだけに集中させるスタンスですね。

 ただ、少なからず、その変化に戸惑う選手もいたと思います。特に国内組は、ビシバシと尻をたたかれてプレーすることに慣れているので、難しさも感じているようです。そういった意味では、代表チームにとってアンデルセン監督の就任は、“劇薬”と言えるかもしれません。それでも、代表がもっと上を目指すためには、こうした変化も大切だと思いますし、このチームはまだまだ成長できると僕は信じています」

 北朝鮮代表選手のメンタルに変化をもたらしつつあるノルウェー人指揮官は、戦術においては「ポゼッションを重視している」ようだ。

「基本のフォーメーションは4−4−1−1で、ポゼッション率を高めて、相手の陣形を崩しながらゴールに迫るという戦い方をしています。ディフェンスラインにボールがあるときも、ロングボールを放り込むのではなく、短いパスを回すことを心掛けています。J2で言えば、FC岐阜のスタイルが近いかな」

 振り返れば、近年の北朝鮮代表の試合を見ると、自陣のペナルティーエリア内にボールがあることを嫌い、ためらうことなく、まずは前線にロングボールを放り込んでいた。“攻撃は最大の防御”と言わんばかりのサッカーを展開していたのだが、アンデルセン監督は、ボール支配率を高めることを重視しているのだという。

「アンデルセン監督は、組織的なサッカーを目指しているだけに、チーム内の意思疎通も大切にしています。僕自身、代表でも若手と呼べる年齢ではなくなってきたこともあるので、ピッチの外でも選手同士のコミュニケーションを積極的に促しています。

 守備では、ボールを奪われたときの切り替えの早さに重点を置いています。前線で奪うのが難しいようなら、いち早く自陣に戻ってゴール前で体を張る。それは今の世界のスタンダードでもありますが、DFとしてアンデルセン監督の戦術には共感できます」

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著者プロフィール

1989年12月18日生まれの在日コリアン3世。大学卒業後、出版社勤務を経て、ピッチコミュニケーションズに所属。サッカー、ゴルフ、フィギュアスケートなど韓国のスポーツを幅広くフォローし、『サッカーダイジェストweb』『アジアサッカーキング』『アジアフットボール批評』『女子プロゴルファー 美しさと強さの秘密(TJMOOK)』などに寄稿。ニュースコラムサイト『S−KOREA』の編集にも携わる

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