女子ボクシング2人目の5階級制覇 藤岡奈穂子が歩んできた道こそ偉大だ

船橋真二郎

藤岡というボクサーを言い表す言葉

女子2人目となる5階級制覇を達成した藤岡。42歳で成し遂げた快挙だった 【写真は共同】

「気持ちが動いて、初めて体が動くもの」。女子プロボクシング史上2人目となる5階級制覇を成し遂げた42歳の藤岡奈穂子(竹原慎二&畑山隆則)が、次の目標を問われたときの答えだが、これほど藤岡というボクサーを言い表している言葉もないのではないかと感じた。

 1日、東京・後楽園ホールで行われたWBO女子世界ライトフライ級王座決定戦。現WBA女子世界フライ級王者の藤岡が、13戦全勝6KOの25歳、IBF女子世界アトム級王者のヨカスタ・バジェ(コスタリカ)を迎えた1戦は、フルラウンドを戦い抜いた末に3−0判定(99対91、98対92、96対94)で決着がついた。今年4月、米国・ニューヨークで5階級目を制したアマンダ・セラノ(プエルトリコ)に続く快挙だった。

 立ち上がりは「少し距離が遠く、入り方に迷った」と間合いをつかみきれず、ジャブから右を狙うバジェの先攻を許した。2回は開始から左右のフックで攻め込んだものの、やや上体が突っ込み、バッティングでバジェの前頭部をカットさせてしまった。

 5年前の大みそか、内山高志(ワタナベ)に挑戦したブライアン・バスケス(コスタリカ)のマネジャーでもあるマリオ・ベガ氏が「ハートで負けたところを見たことがない」と前日の記者会見で話していたとおり、2階級下の王者だったバジェは、さらに上の階級で戦ってきた藤岡の圧力に臆することなく、強気に打ち返してもきた。

5階級制覇にこだわってきた理由

5階級制覇にこだわってきたのは、女子ボクシングの状況を変えたいという思いがあったからだ 【写真は共同】

 藤岡が「これが糸口かな」ときっかけを見いだしたのは3回。この試合、初めての左ボディーが「わりと簡単に」決まり、ラウンド終盤には左フックでぐらつかせた。4回には左ボディーを軸に波状攻撃を仕掛け、ラウンド終了ゴングと同時に両手でガッツポーズ。「リズムがつかめてきた」とペースアップした5回に勝利を確信したという。「相手の右もだんだん読めてきた」という7回には、右フックをかわしざま、がら空きの脇腹に左ボディーをカウンターでねじ込むテクニックも見せた。

 5回にバッティングで今度は左の眉尻をカットし、血を流したバジェだったが、終盤も食い下がる。さすがに8回、9回とコーナーに戻る際、「フーッ」と大きく息をつき、呼吸を整え直す藤岡の姿が見られた。それでも最終10回も打ち合いに応じた藤岡は終盤、クロス気味の右でガクッとヒザを折らせてダメ押し。試合終了のゴングを聞くと、その場に両ヒザをついて座り込み、頭上高く両手を掲げた。

 24歳のときに故郷・宮城のアマチュアボクシングジムで初めてグローブを握ったときから「18年間の集大成」と位置づけて臨んだ試合。「ずっと5階級と言ってきたので一段落した感じ。ホッとしましたね」と藤岡は安堵(あんど)の表情を浮かべた。

「誰もやったことがないことを追い続けてきた」と5階級制覇にこだわってきたのは、話題をつくり、陽の当たらない女子ボクシングの状況を変えたいという思いがあったからだ。年齢を考えれば、その体力には頭が下がるばかりだが、正直なところ、衰えを知らない、と形容することはできない。以前の躍動するような身体能力には、やはり陰りは見える。藤岡を動かしてきたのは、気持ちが動かされるような「大きなモチベーション」だった。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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