強い日本選手を育てる「伊達公子コート」 テニス界の未来につなぐ経験と財産

内田暁

「非常に思い出深い場所」 長良川テニスプラザ

9年前、長良川テニスプラザで公式戦に復帰した伊達公子。当時ここはまだ、砂入り人工芝のコートだった。写真は2008年5月撮影 【写真は共同】

“第2のキャリアの始まりの地”は、2度目の引退セレモニーを行うにふさわしい場であった。

 今をさかのぼること9年――1990年台に世界のトップ10として活躍した伊達公子は、12年の空白の時を経て、2008年に37歳で現役復帰を果たす。その再スタートの大会こそが、岐阜の長良川テニスプラザで開催された“カンガルーカップ国際女子”だった。とはいえ伊達に与えられたのは、主催者推薦枠での予選出場枠のみ。ところが予選から踏み出した一歩は、試合を重ねるたびに観客の声援を背に加速して、一気に決勝の舞台へ至った。さらにダブルスでは、当時16歳の奈良くるみと組み頂点へ。自ら“チャレンジ”と銘打った伊達の復帰劇はこの時、衝撃と称賛を以って人々に迎えられた。

 その復帰の時から、“一昔”に近い月日が流れた。今年9月に競技生活から身を引いた47歳の伊達は、「ここが再チャレンジを始めた場所であることは、この先もずっと変わらない。非常に思い出深い場所です」と、伸びた髪を揺らし穏やかにほほ笑む。引退から2カ月後の11月、キッズクリニックなどのイベント参加のために“始まりの地”を訪れた伊達は、自身の引退セレモニーに身を置いていた。

 その式の場で、岐阜県の古田肇知事が述べる。

「このコートは、伊達さんに育てて頂いた。まさに伊達公子コートだと思います」

 知事が笑顔で贈ったこの言葉は、伊達公子という希代のアスリートがこの地に残した最大の功績を、何より端的に言い表すものだ。

伊達の言葉に応えた岐阜県 世界基準コートへの改装

 伊達が復帰戦を戦った08年、長良川のコートは“砂入り人工芝”であった。テニスコートにはその素材に複数の種類があり、現在ATPやWTA主催のツアー大会で最も多く使われているのがハードコート。他には全仏オープンに代表されるクレー(土)、さらにウィンブルドンでおなじみのグラス(芝)が国際大会の標準的なサーフェス(表面=コートの種類)となっている。
 そして、日本のパブリックコートやテニススクールで多くを占めるのが、砂入り人工芝だ。このコートの利点はなんといっても、水はけの良さにある。雨天の影響を受けにくいのは、稼働率を重視する公営の施設やスクールにとっては大きな魅力だ。

 ただ日本では主流のこのサーフェス、今や発祥の地であるオーストラリアでもほとんど見られることはなく、国際大会では基本的に使われていない。そしてその事実が、日本選手が世界に飛び立つ上での、一つの障壁となっていた。幼少期から砂入り人工芝で育った選手は、このサーフェス独特のバウンドと、滑る足元に適応し国内で戦果を上げていく。だが日本固有の環境に順化した選手たちほど、戦いの舞台を世界に移した時、ハードやクレーコートへの適応に時間を要することになる。そのため国内のテニス関係者たちの間でも、砂入り人工芝を減らしハードコート等を増やすべきとの声が一部で上がっていた。

 伊達も、そのような動きに全面的に賛同する一人である。そして彼女は08年の復帰戦を岐阜で戦った後、古田知事に直接、ハードコートの必要性を強く訴えた。折しも岐阜は、国体の開催を4年後の12年に控えた時期。確かに改装するには、良いタイミングではあった。
 とはいえ、県内部の声がハードコート移行で一致していた訳では決してない。稼働率の低さ、そしてメンテナンスの難しさが、依然障壁として立ちはだかる。また、ハードコートになるとソフトテニスができなくなるのも悩みのタネだった。日本国内では、ソフトテニスの公式大会はクレー、もしくは砂入り人工芝開催と規定されているからだ。

 それでも、国際水準のコートを岐阜に作り選手育成にも力を入れてほしい、という伊達の言葉に、古田知事の心は動いた。最終的には知事の判断により改装が決まると、10年秋にはメーンスタジアムをはじめとする複数のコートがハードに生まれ変わる。翌年には、4面のコートを常設するインドア施設も建設された。

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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