ロッテの若きエース候補・二木康太 不屈さとクレバーさで井口新監督に勝利を
2017年は前年と同じ7勝を挙げたが、防御率を5.34から3.39へと大きく下げた二木 【写真は共同】
そこで18年に1軍で活躍が期待されるホープをピックアップ。今回は常時140キロ前半のストレートに落差抜群のフォークのコンビネーションで、2年連続で7勝。初の規定投球回にも到達した千葉ロッテの22歳右腕・二木康太の歩みに迫る。
無名からエースナンバー獲得へ
「180センチないくらいの身長で、ストライクはとれますが、スピードは全然ない投手でした。同期の中にも有名な選手がいて、自分は本当に無名の選手でした」
そんな二木がなぜ、プロ注目投手にまで成長したのか? その一因には「12キロランニング」がある。実は、鹿児島情報高野球部には以前から学校からグラウンドまでの12キロをバッテリーは走ってグラウンドに向かうルールがあった。しかも、ただ走るだけではない。出発して1時間以内にグラウンドに到着しないといけないという過酷なものだ。長距離のトップ選手の1キロ約3分のところを「1キロ5分ペース」で走らなくてはいけないといえば、その過酷さが分かるはずだ。
「他の部員を乗せたバスが出発するよりも早く学校を出て、いつも途中で追い越されます。こっちを見ながら笑っているのを見ると『お前らも走ってみろよ』とイライラしました」と笑いながら当時を振り返る。しかし同時に彼はこう断言する。
「でもあの走りがなかったらこんな投手になっていなかったので、今振り返ると良かったと思います」
加えてお昼には1〜2キロの弁当を持参して体づくりにも励んだ。結果、これらのトレーニングによって無名の右腕は、1年秋の鹿児島県大会でエースナンバーを背負うまでに成長する。
すると、二木の目線はチーム内から対戦相手へと移ろっていく。中でも、県内で安定して上位に入り、05年にはセンバツ準優勝も果たしている神村学園高への思いは格別だった。1年生大会で神村学園高戦に先発し、2失点完投負けした二木は、「打倒・神村学園」を意識し始めた。