中量級の高い壁に挑む日本人ボクサー 小原、近藤らが切り拓く世界への道

船橋真二郎

「世界チャンピオンクラスは、もう1段階違う」

昨年9月、ロシアで世界戦に挑んだ小原(右)だったが、この時は世界の高い壁に弾き飛ばされた 【写真:ロイター/アフロ】

「夢のある階級です。中量級は」

 昨年9月、ロシアのモスクワで当時のIBF世界スーパーライト級王者エドゥアルド・トロヤノフスキー(ロシア)に挑んだ小原佳太(30、三迫)はそう言った。

 過去に63.5キロを上限とするスーパーライト級で日本から世界王者になったのは藤猛、浜田剛史、平仲明信の3人のみ。世界的に層の厚い階級でもあり、挑戦でさえも2008年9月、ウクライナのリビウでアンドレアス・コテルニク(ウクライナ)に挑み、判定で敗れた木村登勇(のりお)以来、実に8年ぶり。その前となると吉野弘幸が後楽園ホールでファン・マルチン・コッジ(アルゼンチン)に5回TKO負けした1993年6月までさかのぼらなければならない。

 2度の国体王者など、アマチュア経験豊富。プロでも日本、東洋太平洋としっかりと実績を積んできた本格派は2015年11月、IBF挑戦者決定戦のチャンスをつかんだ。試合地は初の海外となる米国マイアミ。ワルテル・カスティージョ(ニカラグア)と堂々と渡り合い、小原が終始、優位に試合を運んだように見えたが、不可解な判定で引き分け。現地でも物議を呼んだ一方、評価は上がった。敵地ロシアでの挑戦にも、1992年4月の平仲以来、24年ぶりとなる同級の王座奪取に期待は高まった。

 だが、初回終盤に右ストレートで王者をぐらつかせたものの、リング外にたたき出される痛烈なダウンを喫した末に2回TKO負け。ロサンゼルスでのスパーリング合宿を含めて、「世界レベルとやってきたつもりでしたが、世界チャンピオンクラスは、もう1段階違った」と小原自身、壁の高さを思い知らされた。

次は近藤がブルックリンで世界の壁に挑む

4日に世界戦へ挑む近藤。専修大スポーツ研究所の低酸素室でトレーニングし、スタミナアップと同時に下半身の強化につながり、「パンチ力が増した」と効果を実感している 【船橋真二郎】

 その後の王座の動向が興味深い。

 小原を退けたトロヤノフスキーは、次戦でアフリカの伏兵ジュリアス・インドンゴ(ナミビア)にまさかの初回KO負け。世界レベルでは未知数、ナミビア国外初の試合だったインドンゴには、WBA王者リッキー・バーンズ(イギリス)との統一戦が実現。これにも判定勝ちして、一気にIBFとの2冠王者となると今年8月、さらなるビッグマッチの舞台に上がった。WBC、WBO統一王者にして、パウンド・フォー・パウンド最強候補にも挙げられるテレンス・クロフォード(米国)との世界4団体王座統一戦である。

 結末はインドンゴの3回KO負けで幕が下りることになるが、ナミビアからロシア、近年、活況を呈するイギリスからボクシングの中心地である米国へと続いたシンデレラ・ストーリーは、まさに“夢”というにふさわしいものだろう。

 そして11月4日(日本時間5日)、IBF世界スーパーライト級3位の近藤明広(32、一力)が、ウェルター級進出も視野に入れるクロフォードが指名試合を拒否してベルトを返上し、空位になったIBF王座を同級1位セルゲイ・リピネッツ(ロシア)と争う。平仲以来、四半世紀もの間に挑戦すら3度しか実現せず、日本のボクサーが越えられなかった壁に挑む。

 小原が「ちょっと嫉妬でしたね」とうらやみ、近藤が「世界挑戦自体がすごいことなのに、自分は持ってるなと思った」というのが、その舞台。会場は、ニューヨーク・ブルックリンのバークレイズセンター。興行のメインは、38戦全勝37KOを誇るWBC世界ヘビー級王者デオンテイ・ワイルダー(米国)のV6戦。注目の集まるリングでベルトを手にすれば、思いもよらない道が拓ける可能性だってある。

挑戦者の気持ちで「出し惜しみせずにいく」

12月1日に世界ランカーに挑むジムの後輩・栗原慶太(左)、ウェルター級、ライト級で世界挑戦の経験を持つベテラン42歳の佐々木基樹(帝拳=右)とトレーニングをともにしてきた 【船橋真二郎】

 とはいえ、この階級での実績、期待度は、小原はもちろん、日本王座を6度防衛し、現在は世界3団体でランクインし、16戦全勝11KOの岡田博喜(角海老宝石)にも及ばない。近藤が1階級下の日本ライト級王者だったのは8年前。スーパーライト級でタイのIBFランカーに勝利し、WBOアジア・パシフィック王座も獲得しているものの、下馬評では圧倒的に不利。それは近藤も「小原選手、岡田選手のほうが可能性は高いと思うし、2人にチャンスを与えたほうがいい、という人が多いんじゃないですか(笑)」と認めるところだ。

 だが、だからこそ、「結果を出したい気持ちは強い」という。

「誰もが挑戦できる階級じゃなく、本当に貴重なチャンス。ただの思い出にするつもりもないし、変な試合をして負けるのは、2人にも失礼だと思っているので」

 カザフスタンに生まれ、ロシアに移住。キックボクシング、総合格闘技のキャリアがあり、アマチュアを経てプロ転向。今は米国をベースに戦う12戦全勝10KOの強打者リピネッツは「フック系のファイター」で、チャンスと見るや思いきりのいいラッシュでしとめにくる。まずは勢いづかせないように「足とジャブ、ガード」で被弾を回避し、リピネッツを焦らせた後半に勝負が近藤の描く青写真。一方で「決定戦ですけど、挑戦者」を自認する近藤は「自分の感覚でいいパンチが当たったら、出し惜しみせずに行く」と腹を決めている。

「相手が効いたから、バランスを崩したから、行くじゃなくて、自分の感覚を信じて迷いなく攻める。まだ初回だからとか、余計な計算はいらないと思ってます」

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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