クアラルンプールでの戦闘準備 集中連載「ジョホールバルの真実」(3)

飯尾篤史

日本代表がキャンプを張ったのは、試合会場のあるジョホールバルではなく、首都のクアラルンプールだった 【写真は共同】

 オフが明けた11月10日に再集合した日本代表のメンバーは、午後のフライトで決戦の地であるマレーシアへ飛び立った。
 その夜にマレーシア入りした日本代表がキャンプを張ったのは、試合会場のあるジョホールバルではなく、首都のクアラルンプールだった。
 クアラルンプールは日本人会のサポートを得られたり、日本人学校や日本企業のグラウンドが使用できるだけでなく、1年8カ月前に28年ぶりとなる五輪出場を決めた縁起の良い場所だった。小野剛が説明する。
「クアラルンプールではこれまで何度もキャンプを張っているから、勝手を知っていました。逆に、ジョホールバルは練習場がどんな環境なのか、非公開練習ができるのかどうかなど、まったく分からなかったですから」
 11日の午前、東南アジア特有のじっとりとした暑さと激しいスコールのなか、日本代表は最初の練習を行った。午後にはミーティングが開かれ、岡田武史はその場で「積極的にいくぞ」と選手たちに宣言した。
 実は、3日前のカザフスタン戦後の会見で、岡田は「3バックでいくかもしれない」と発言していた。当時3バックは慎重に戦う際に用いられるシステムだった。つまり、岡田は第3代表決定戦を守備的に戦うことを匂わせたのだ。

 だが、これは情報戦の一貫だった。
 マレーシア入りして最初のミーティングで、4−4−2のシステムで攻撃的に戦うことが確認されたのである。
 岡田が監督に就任して2試合目、10月26日のUAE戦から採用された4−4−2は、守備時と攻撃時で形が大きく変わる、いわゆる「可変システム」だった。
 守備時には右サイドハーフの中田英寿、右ボランチの山口素弘、左ボランチの名波浩、左サイドハーフの北澤豪が横に並ぶが、攻撃時になると山口のワンボランチとなり、右に中田、左に名波、トップ下に北澤が入るダイヤモンド型に変わるのである。
「攻撃時にヒデをどうやって生かすか、という発想からきたものでした」と小野は言う。
 中田をトップ下に置くというアイデアもあったが、中田の魅力のひとつは中盤から鋭いスルーパスを繰り出せること。それなら中田の前に2トップだけでなく、もう1人加えて三角形を作り、中田の狙いどころを増やしたほうが得策だと考えたのだ。
「ですから、トップ下の選手の条件は、前線に飛び出せること、ヒデのためにスペースメーキングができること、守備では左サイドをカバーし、攻撃になったら前に出ていく運動量があること。この役割をこなすのに、キー坊は打ってつけの存在でした」
 第6戦のUAE戦から日本代表に復帰した北澤は、こうして戦術面における大きなキーマンになっていく。

<第4回に続く>

集中連載「ジョホールバルの真実」

第1回 戦士たちの休息、参謀の長い一日
第2回 チームがひとつになったアルマトイの夜
第3回 クアラルンプールでの戦闘準備
第4回 ドーハ組、北澤豪がもたらしたもの(10月30日掲載)
第5回 焦りが見え隠れしたイランの挑発行為(10月31日掲載)
第6回 カズの不調と城彰二の複雑な想い(11月1日掲載)
第7回 イランの奇策と岡田武史の判断(11月2日掲載)
第8回 スカウティング通りのゴンゴール(11月3日掲載)
第9回 20歳の司令塔、中田英寿(11月4日掲載)
第10回 ドーハの教訓が生きたハーフタイム(11月5日掲載)
第11回 アジジのスピード、ダエイのヘッド(11月6日掲載)
第12回 最終ラインへ、山口素弘の決断(11月7日掲載)
第13回 誰もが驚いた2トップの同時交代(11月8日掲載)
第14回 絶体絶命のピンチを救ったインターセプト(11月9日掲載)
第15回 起死回生の同点ヘッド(11月10日掲載)
第16回 母を亡くした呂比須ワグナーの覚悟(11月11日掲載)
第17回 最後のカード、岡野雅行の投入(11月12日掲載)
第18回 キックオフから118分、歴史が動いた(11月13日掲載)
第19回 ジョホールバルの歓喜、それぞれの想い(11月14日掲載)
第20回 20年の時を超え、次世代へ(11月15日掲載)

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著者プロフィール

東京都生まれ。明治大学を卒業後、編集プロダクションを経て、日本スポーツ企画出版社に入社し、「週刊サッカーダイジェスト」編集部に配属。2012年からフリーランスに転身し、国内外のサッカーシーンを取材する。著書に『黄金の1年 一流Jリーガー19人が明かす分岐点』(ソル・メディア)、『残心 Jリーガー中村憲剛の挑戦と挫折の1700日』(講談社)、構成として岡崎慎司『未到 奇跡の一年』(KKベストセラーズ)などがある。

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