日本で最も過酷な大会「全社」を振り返る いわきFCは“一足飛び”のJFL昇格ならず

宇都宮徹壱

全社を有意義に活用した鈴鹿と市原

市原を率いるゼムノビッチ監督。今大会は「テスト」と割り切りながらも、3位に上り詰めた 【宇都宮徹壱】

 T宮崎とは対照的に、「権利持ち」として今大会を有意義に活用することができたのが、東海リーグチャンピオンの鈴鹿アンリミテッドFC、そして関東リーグ優勝のVONDS市原FCであろう。鈴鹿は「チームのピーキング」で、市原は「さまざまなコンビネーションのテスト」で、それぞれ今大会のレギュレーションをうまく生かしながら5試合を戦い抜いた。そして鈴鹿は決勝で松江シティFCに2−1、市原は3位決定戦でFC TIAMO枚方に4−1で勝利。それぞれ手応えを感じながら、福井での連戦を終えることとなった。

 全社直前の鈴鹿は、まさにスクランブル体勢という状況であった。東海リーグではFC刈谷と激しいデッドヒートを繰り広げたものの、「勝てば優勝」という直接対決で敗れてしまい、クラブは小澤宏一監督を解任。40歳のDF、藏川洋平がプレーヤー兼任の監督としてチームを引き継ぐこととなった。結果、最終節で東海リーグを制した鈴鹿は、その勢いを全社でも持続させ、5試合とも80分で決着をつけて見事に初優勝を果たした(全社は40分ハーフで行われる)。全社も地域CLも短期決戦であるため、チームのピーキングは極めて重要。今大会で体感した「勝ち続ける感覚」は、きっと本番でも生きるはずだ。

 一方の市原は、セルビア人のゼムノビッチ・スドラヴコ監督がチームを率いる。「権利持ち」で臨んだ今大会は、あえて「テストの場」と割り切った。1回戦と2回戦はいずれも逆転勝利、準々決勝では2点リードから追いつかれて土壇場で勝ち越すなど、今大会の市原は一見すると安定感に欠けているように思われた。実はゼムノビッチ監督は、すべての試合でスタメンを大幅に入れ替え、さまざまな組み合わせを試していた。全社や地域CLはメンバー固定が定石とされていたが、市原はそうしたセオリーを打ち破り、誰が出ても一定の力を発揮できるチームを完成させたのである。

 さて、気になる全社枠の行方だが、中国リーグ2位の松江と関西リーグ2位の枚方が獲得することとなった。松江は、名古屋グランパスや湘南ベルマーレを指揮した田中孝司氏が監督を務めている。「こんな過酷なレギュレーションは、日本サッカーのためにはならないですよ」と苦言を呈しながらも、地域CL出場権を獲得できたことには安堵(あんど)した様子。一方の枚方は、ガンバ大阪や鹿島アントラーズなどでプレーした新井場徹氏がオーナーを務めており、プレーの1つ1つから丁寧さや技術の高さが感じられる好チームであった。準決勝以降は力尽きた印象だが、初出場となる地域CLでは巻き返しを期待したいところだ。

全社枠は廃止されるべきか、残すべきか?

福井での全社を制した鈴鹿。「全社懸け」だった前回と異なり、今回は自信に溢れていた 【宇都宮徹壱】

 なお、今大会で全社枠を獲得したのは2チームのみ。地域CLの残り1枠は、「補充枠」というルールが採用されて、東海リーグ2位のFC刈谷が出場する。余談ながら、刈谷の飯塚亮監督も福井に乗り込み、市原と和歌山による準々決勝を観戦していたそうだ。この試合、市原が勝利すれば地域CL出場権は刈谷に与えられるが、逆に市原が敗れてしまうと、和歌山に全社枠が与えられる。前述のとおりこの試合は、前半に市原が2点リードしたものの後半に和歌山が追いつき、最後はレナチーニョのゴールで市原が突き放した。飯塚監督はジェットコースターにでも乗っているような心境だったと察する。

 かくして、11月10日から始まる地域CLの出場12チームは、以下のとおりに決まった。十勝FC(北海道)、コバルトーレ女川(東北)、VONDS市原FC(関東)、サウルコス福井(北信越)、鈴鹿アンリミテッドFC(東海)、アミティエSC京都(関西)、三菱自動車水島FC(中国)、高知ユナイテッドSC(四国)、テゲバジャーロ宮崎(九州)、松江シティFC(全社枠/中国)、FC TIAMO枚方(全社枠/関西)、FC刈谷(補充枠/東海)。以上12チームは、10月22日の抽選会で3グループに振り分けられ、各グループの1位と最も成績の良い2位、合計4チームが決勝ラウンドに進出する。

 ところで大会期間中、SNSで「来年から全社枠が廃止される」という情報が駆け巡り、地域リーグファンの間でちょっとした騒ぎになった。うわさの震源となったのは、いわきFCをサポートしている地元紙の福島民友。記事には「複数のサッカー関係者によると、来年の全社はJFL昇格を懸けた大会への出場権がなくなる可能性がある」と書かれてあった。念のため、会場に居合わせた全社連(全国社会人サッカー連盟)の牛久保勇会長に確認したところ、「全社連としては、全社枠を死守します」と明言。しかし一方で、全社枠の見直しの議論があったことは認めた。

 思えば前回の地域CLの決勝ラウンドでは、FC今治を除く3チームがいずれも全社枠での出場であった。せっかく大会を「CL」と改めたのに、地域のチャンピオンが軒並み1次ラウンドで敗退したことに、日本サッカー協会(JFA)関係者が違和感を覚えたことは容易に想像がつく。しかし全社連としては、大会の権威と参加チームのモチベーションを維持するためにも、全社枠を残したい。逆に、タイトル以外は何も与えられない大会になってしまうと、チームの経済的負担や選手の仕事を理由に参加辞退が続出するかもしれない。全社枠をめぐる議論は図らずも、わが国のアマチュアサッカーが置かれた状況を露呈させることとなった。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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