日本で最も過酷な大会「全社」を振り返る いわきFCは“一足飛び”のJFL昇格ならず
「全社枠」をめぐる5日間連続のトーナメント
福井での全社で最も注目されていたのが、いわきFC。福島県1部からJFLへの“飛び級”はならず 【宇都宮徹壱】
全社とは、地域リーグ(J1から数えて5部に相当)以下のクラブチームによる大会で、全国9地域の予選を勝ち抜いた31チームと開催地の1チーム、合計32チームが5日間にわたって頂点を目指す、日本で最も過酷なトーナメントである。確かに常識的には「あり得ないレギュレーション」だが、参加する選手のほとんどがアマチュアであること(彼らは仕事を休んで参加している)、そして国体のプレ大会でもあること(連日の運営リハーサルが求められる)を勘案して、この大会日程は続けられている。今大会は、来年の国体開催地、福井県で10月13日から18日にかけて行われた。
さて、この地味なアマチュアの大会がにわかに注目されるようになったのは、おそらく「全社枠」の制度が設けられた2006年からであろう。地域リーグから全国リーグであるJFL(日本フットボールリーグ)に昇格するためには、まず地域リーグを勝ち抜き、さらに地域決勝(全国地域リーグ決勝大会)で上位成績を収める必要がある。この地域決勝(現在の名称は、全国地域サッカーチャンピオンズリーグ=地域CL)に出場できなかったチームの、事実上の救済策として新たに設置されたのが「全社枠」である。
現行のレギュレーションに照らして言えば、たとえ地域リーグで優勝できなくても全社でベスト4以上に進出し、かつ上位3チームに入れば地域CLへの出場権が与えられることになる。いつの頃からか、この大会のウォッチャーの間では「権利持ち」あるいは「全社懸け」という言葉が一般化した。「権利持ち」とは、すでに地域リーグで優勝した上で全社に出場しているチーム。そして「全社懸け」とは、全社枠を獲得することを目的に必死の思いでこの大会に臨むチームを意味する。本稿では、この「権利持ち」と「全社懸け」という観点から、今大会を振り返ることにしたい。
注目されるも2回戦で消えたいわきFCとT宮崎
今季から九州リーグのT宮崎でプレーする元日本代表の森島康仁(白)。今大会は2ゴールに終わった 【宇都宮徹壱】
いわきFCの1回戦の相手は、関東リーグ1部のエリースFC東京。カテゴリーでは2つ上の相手だったが、いわきFCは持ち前のフィジカルの強さを前面に押し出し、4−0で圧勝した。ところが2回戦のアミティエSC京都戦では、先制したものの、すぐに追いつかれ、PK戦であっけなく敗れてしまった。いわきFCにとって不運だったのは、今大会のレギュレーション変更。交代枠が3人から5人に増え、1回戦から3回戦までは延長戦なしのPK戦で決着を付けることになった。これでは、いわきFCの武器であるフィジカルと持久力を生かすことができない。アミティエは関西リーグを制した「権利持ち」であったが、勝利が決まった瞬間は優勝したように喜んでいたそうだ。
今大会では「顔ぶれの豪華さ」で注目されていたのが、今季の九州リーグを制したテゲバジャーロ宮崎である。九州で唯一の「Jクラブ不毛の県」である宮崎初のJクラブを目指し、今季は7つのJクラブを指揮した石崎信弘氏を監督に招へいして話題になった。さらに、ジュビロ磐田を契約満了で退団した、元日本代表の「デカモリシ」こと森島康仁を獲得。他にも各ポジションに元Jリーガーを補強し、「昇格する気満々」の陣容となっている。こうした元Jリーガーを補強して一気に昇格する方法は、10年前にはよく見られた傾向。その意味でT宮崎には、いささか古色蒼然(そうぜん)とした印象を受けた。
T宮崎の2回戦の相手は、関西リーグ3位のアルテリーヴォ和歌山。「権利持ち」と「全社懸け」の顔合わせは、試合が始まってみると両者の切実さの違いが如実に現れる。前半、風上に経った和歌山は前半20分に澤野康介のゴールで先制。エンドが替わった後半4分には、T宮崎も森島のゴールで追いつくも、後半29分にCKから混戦となったところを途中出場の西村勇太が左足で押し込み、これが決勝ゴールとなった。勝利しかない和歌山に対し、T宮崎のこの大会での目標は何とも不明確。いくら「権利持ち」とはいえ、地域CLの連戦に向けたシミュレーションができなかったのは痛かったに違いない。