移籍後の試行錯誤とつかんだ手応え ダルビッシュを科学する<第3回>

丹羽政善

さまざまな取り組みとフォームの変更

ハニーカット投手コーチ(右)とフォームを確認するダルビッシュ 【写真は共同】

 さて、ここまでは8月27日ブリュワーズ戦での変化についてデータをたどったが、その後、リリースポイントは、高さ、左右とも、徐々に今季8月序盤までの位置に戻っていく。高さのデータを見ても低かったのは、ブリュワーズ戦の次の9月2日のパドレス戦ぐらいまでだ。

 試行錯誤する中で、リリースポイントに関しては無理なく投げられる位置に変わっていったということか。本人も9月13日のジャイアンツ戦に登板する2日前、それを認めている。

「肘が下がるからスライダーが曲がるというわけでもないんじゃないかな、と思い始めた。何となく、投げてみて感覚がよくなってきた」

 話が前後するが、9月2日のパドレス戦ではまだそうした感覚にはたどり着いておらず、手探りが続いていた。結果は4回0/3を投げて、8安打5失点だったが、試合後にこう吐露している。

「あまりにもいろいろなフォームの変更がある。意識しなきゃいけないポイントが多すぎる。今まででも1回の変更でここまでの幅はない」

 この試合では、スライダーにまたドロップ成分が出て、8月27日のブリュワーズ戦と比べると軌道が縦になった。4シームのホップ成分も1.74フィート(約53センチ)から1.41フィート(約43センチ)に下がった。

 球の質だけでみればフォーム修正前に戻ってしまったわけだが、その次の先発――9月8日のロッキーズ戦では、5回途中まで投げて、5安打5失点。この時、4シームのホップ成分は1.72フィート(約52センチ)となり、スライダーのスライド成分は1.56フィート(約48センチ)、ホップ成分は0.28フィート(約9センチ)で、8月27日のブリュワーズ戦に近い数値に変わった。

苦しくても、逃げずに前進

 このとき変えたのは、投げるテンポ。

「前と比べて投球のテンポ、足を上げてから投げるまでのテンポが早かった。(僕は)足を上げてからリリースするまでに考えたり、(ボールを)持っている時間が他の投手より長い。長く使えるっていうのが僕の良いところなんですけど、それが調子が悪くなってしまうと、長い時間を使える分、いろんなことを詰め込んで一定の投球フォームで投げられなくなる。その時間を短くすることによって考える数を減らすのが狙い。そっちの方がよかった。もっとポンポン、あまり無駄なこと考えずにやれたので」

 ただ、その時まだ、確かな手応えを得ていたわけではない。そのことはこんな言葉にもにじむ。

「結局、野球だけじゃなくて、人生もそうですけど、誰だって死ぬまでうまくいくことなんてないので、これも僕の人生の一部。うまくいっていない人生の一部ですから、受け止めています。ただこれで自分があきらめたり、前に進むことをしない、ということはしないと決めている。自分はずっと戦っています。
 
 本当に、逃げるんじゃなくて、誰にでもここにいる人たち全員、今まで1回もミスがなく、苦しい時期がなかった人というのはいない。僕も今まで何回もありますから、そういう時期も人生の勉強だな、というふうに思っています」

 そこまでの覚悟で迎えた次戦のジャイアンツ戦(9月13日)では、7回を3安打無失点に抑え、その後さらに、9月19日、25日と2試合連続で好投した。

 ついにトンネルを抜けたのか。

 レギュラーシーズンでは最後の登板となった25日のパドレス戦の後、ダルビッシュはこう明かした。

「昔できていて、今できていないところを自分で見つけられて、それをするにはどうしたらいいかってことを考え出してから、それがジャイアンツ戦(9月13日)の前の日だったんですけど……それが見事に、多分それだったので、そこからそれしか考えなくていい、という状態に(なった)」

 その時、見つけたものとは――。

カッターが投球の軸に

 その点については改めて触れるが、終盤になって顕著だったのは、カッターの軌道の変化。特にスライド成分が大きくなっており、過去2年の変化量をまとめたものが以下の図である。

ダルビッシュのカッターの横の変化量。縦軸の単位はフィート 【出典『baseballsavant.mlb.com』】

 スライダーと同じで、スライド成分が大きければ大きいほど横に曲がっていることになるが、右上の0.8フィート(約24センチ)以上のところに固まっている箇所(赤丸の箇所)はすべてフォーム変更後である。9月19日のフィリーズ戦後に、ダルビッシュもそのことを口にしていた。

「フォームをいじってから、その前とはカッターの動きが違うと思う。前は(変化が)縦っぽいというか、フォームを変えたことによって、変化が変わった感じ」

 もっとも、そのカッターが必ずしも良くなった、という認識は彼の中にはない。「もっといいカットを前は投げてました」。とはいえ、そのカッターが制球面では他の球種以上に安定し、その後、投球の軸となっていく。

 今年の開幕から9月8日までの球種の使用頻度を見ると、カットボールは13.8%。しかし、9月13日以降の3回の登板では、32.7%にまで増えた。

2017年開幕から9月8日までと9月13日以降のダルビッシュの球種割合の比較 【出典『baseballsavant.mlb.com』】

 ここに好投の一端を見出すこともできるが、「それだけではない」とダルビッシュ。25日の試合後には、“相乗効果”を口にする。

「やっぱり、向こう(打者)からしたら、違うピッチャーっていうぐらい、配球がガラッと変わっている。でも、カットばっかりいったところで、ファールになっちゃう。例えば、スライダーを投げたり、2シームを投げることで、お互いの球がお互いの球を良くする」

 例えばそれは、こんなことだと言う。

「(対左にフロントドアの2シームを投げることで)相手が腰を引いてくれる。それだけで十分。後は、カットを真ん中に投げておけばいい」

 そこに、左打者の左足に向かって曲がるバックフットスライダーが加わることで、さらにそれぞれの球が効果的となる。

「前回みたいにカット、カットっていっても、あのバックフットは振ってくれないので、2シームがあるっていうのを打者全体に見せることで、あのスライダーも多分、カットをより意識してくれるので、多分真ん中から来たようにみえるから、振っちゃう」

 なお、カットボールの軌道が変わった後、スライダーに関しても、9月8日のロッキーズ戦後はスライド成分が安定し、さらには4シームのホップ成分も増すなど、さまざまな変化が見られる。

「ベストだと思ったら終わり」

 ただ、そうして一部の球種の軌道が変わったことや配球の変化が、彼の言う“見つけた”ものかといえば、それは結果にすぎないのではないか。実は9月13日のジャイアンツ戦後、こう話していた。

「1点だけ意識するポイントがあって、そこを意識するだけ」

 1点だけ――。

 本人はそこを明かしていないが、おそらく体の使い方だろうとは推測できる。しかしそれは、ステップ、リリースポイント、プレートの踏む位置、テンポ、グラブの高さ、足の上げ方でもない。それらをすべて試し、「それでもまだしっくり来てなかったので、これなんじゃないか? これを試してみる価値はある」と思ったのが、彼の言う1点なのである。

 では、いったい……。

 この連載3回で、ダルビッシュに関するさまざまなデータを紹介し、ダルビッシュのコメントと実際のデータを検証してきた。そこでは、彼の取り組みがある程度はデータ上に反映され、それを確認することもできたが、最後はデータでは読み解けないところへと形を変えていった。

 これがデータの限界か。

 しかも、これが彼にとっては決して最終形ではない。

――もっといいフォームがあると思って探していく?

「もちろん」

――今がベストとは?

「ベストだと思ったら、もう終わりだと思います」

 いかにも、彼らしい。となると、1点とは何かをたどっているうちにダルビッシュはあっさりとそれを捨て、別の方向性を探っているかも知れない。それが器用にできてしまうことで、それなりに形にしたものでも、リスクを承知で捨ててしまうのは彼の宿命でもあり、同時に彼を支える原点――そう言えるのかもしれない。

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著者プロフィール

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米。インディアナ州立大学スポーツマネージメント学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行う。3月24日、日本経済新聞出版社より、「イチロー・フィールド」(野球を超えた人生哲学)を上梓する。

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