最強ロマゴンの“限界”を見た夜 30歳の元王者にかつての面影はなく

杉浦大介

軽量級の歴史に刻まれる1日

“全階級を通じて最強”と称されたロマゴン(左)が同じ相手に連敗。一時代の終えんを告げる瞬間だった 【Photo by Jeff Gross/Getty Images】

“一時代の終わり”――。瞬間、そんな言葉が頭をよぎったボクシングファンは多かったはずだ。絶対的な存在だった名王者が倒れるとき、私たちは得てして喪失感を抱くもの。2017年9月9日(米国時間)は、紛れもなく軽量級の歴史の1ページに刻まれる1日になることだろう。

 この日、カリフォルニア州カーソンにあるスタブハブセンターで行われたWBC世界スーパーフライ級タイトルマッチで、王者シーサケット・ソールンビサイ(タイ)が同級元王者のローマン・ゴンサレス(ニカラグア)に4ラウンド1分18秒でKO勝ち。初防衛戦に臨んだ30歳の王者が、4階級制覇王者から2度のダウンを奪う完勝だった。今年3月に微妙な判定ながらそれまで46戦全勝(38KO)だったゴンサレスに初黒星をつけたのに続き、タイが誇るチャンピオンはこれで通称“ロマゴン”に2連勝となった。

「4カ月に渡って一生懸命に練習しました。私はタイのために戦い、この試合を母国に捧げます。第1戦でのトレーニング期間は2カ月でしたが、今戦では4カ月。彼をノックアウトできることは分かっていました」

 戦績を44勝(40KO)4敗1分としたシーサケットは、リング上でそう勝ち誇った。近年はハイレベルのスーパーフライ級で多くの勝ち星を挙げ、高いKO率を残してきた実力は紛れもなく本物。「今日の戦いで私への疑いはなくなった」という本人の言葉は真実に違いない。

 プレミアケーブル局HBOで視聴したファンは、シーサケットのファイトをまた見たいと思うだろう。今後、この日のアンダーカードで挑戦者決定戦を制したファン・フランシスコ・エストラーダ(メキシコ)、そしてスーパーフライ級に残った場合の井上尚弥(大橋)との楽しみな対決も視界に入ってくる。勇敢なタイ人王者は、最新の勝利で、米ボクシングビジネスの勢力地図に間違いなくその名を刻み込んだはずだ。

戦慄を感じさせたKO劇

シーサケット(右)のKO劇は戦慄を感じさせるほど、痛烈なものだった 【Photo by Jeff Gross/Getty Images】

 ただ……シーサケットのパワーパンチの素晴らしさを認めた上で、それでもこの日の主役はやはりゴンサレスだった。“Superfly”と銘打たれた興行は、我らの時代のリトル・ジャイアントがついに倒れた日として記憶されていくのだろう。

 3月18日、マディソン・スクウェア・ガーデンでシーサケットに0−2の判定で敗れた際は、試合後に“不当判定”と騒がれた。実際に初回にダウンこそ奪われたものの、以降の多くのラウンドではゴンサレスが優勢に見えた。だからこそここでダイレクト・リマッチ(他の試合を挟まずに再戦すること)が組まれ、ゴンサレスは60万ドル(約6480万円)ものファイトマネー(シーサケットは17万ドル=約1836万円)を受け取り、戦前の大方の予想でも有利と目されていたのだった。ところが――。

 再戦でも第1ラウンドからシーサケットの左がよく伸び、ゴンサレスはまたしても序盤から劣勢を余儀なくされる。“チョコラティート(日本以外でのゴンサレスの愛称)”の連打も当たるが、よりフレッシュで、パワーを感じさせるのはタイ人王者のパンチの方。30歳になった元王者に、かつて“全階級を通じて最強”と評された頃の面影はなかった。そんな経緯をたどったゆえに、第4ラウンドのフィニッシュシーンは衝撃的ではあったが、驚きではなかった。

 4回も30秒過ぎ、左ストレートを放った後、シーサケットは完璧なタイミングでの右フックをカウンターでヒット。この一発は強烈で、ファイトは事実上ここで終わった。プライドを懸けて何とか立ち上がったゴンサレスだが、最後は連打の中でシーサケットの右フックを再び浴びて完全KO。リングサイドで見ていたものが戦慄(せんりつ)を感じ、ゴンサレスが立ち上がった際には思わず安堵(あんど)したほどの痛烈なノックアウト劇だった。

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著者プロフィール

東京都生まれ。日本で大学卒業と同時に渡米し、ニューヨークでフリーライターに。現在はボクシング、MLB、NBA、NFLなどを題材に執筆活動中。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボール・マガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞・電子版』など、雑誌やホームページに寄稿している。2014年10月20日に「日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価」(KKベストセラーズ)を上梓。Twitterは(http://twitter.com/daisukesugiura)

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