サウジ戦へ向けたサブ組の切実な思い 本大会に向けたサバイバルの始まり

宇都宮徹壱

「監督辞任」騒動の収束とジッダでの日々

ジッダに到着後、現地の日本人会の子供たちから歓迎を受けるハリルホジッチ監督 【宇都宮徹壱】

 日本代表のヴァイッド・ハリルホジッチ監督が、9月1日に行われた会見で「ここで引続き仕事をする」と明言したのを知ったのは、アラブ首長国連邦(UAE)のアブダビ国際空港でのこと。次の取材先である、サウジアラビアはジッダに向かうトランジットであった。オーストラリア戦の勝利によって、ワールドカップ(W杯)アジア最終予選のラストマッチとなる現地時間5日のサウジ戦は、事実上の「消化試合」となることが決まっている。この試合で、引き続きチームに帯同することが決まっていたハリルホジッチ監督だったが、その後の去就については「未定」となっていた。

 というのもオーストラリア戦後の会見で、指揮官はメディアの質問にまったく答えずに「監督辞任」の可能性さえ匂わせていたからだ。それから、およそ20時間の沈黙を経て、ようやくこの問題は収束に向かうことになったのだが、結果としてハリルホジッチ監督は、自分に批判的な論調に対する痛烈なカウンターを見舞うことにも成功。とりあえず安堵(あんど)感を覚えると同時に、「いかにもこの人らしいやり方だな」とも思った。これまでフランスやクロアチアやアルジェリアで、さんざんメディアとやり合ってきた経験は伊達(だて)ではない。

 さて、サウジ第二の都市・ジッダに到着したのは、サウジ戦3日前の9月2日朝のことである。すでに予選突破を決めている気楽さはあっても、そこは世界屈指の厳格なイスラム国家。入国審査にはいつも以上の緊張感を強いられたが、ビザを見せて両手の指紋と顔写真を撮られたら、特に尋問されることなく、あっさり入国することができた。もうひとつ意外だったのが、ネットに関する規制がかなり緩やかだったこと。中国やイランでは規制されていたSNSや動画サイトは、こちらでは自由に閲覧することができる。

 ジッダでの滞在は、正直なところ「退屈」の一言に尽きる。当地を訪れるのは、2006年のアジアカップ予選以来だが、取材者は否応なく退屈な日々と向き合わなければならない。日中は暑くて表に出られないし、ホテルの周囲には観光スポットはもちろん、気の利いたカフェやレストランも見当たらないので、まず外出しようという気分が起こらない。女性の場合、アバヤと呼ばれる全身真っ黒な民族衣装を身に着けなければならず、単独での行動も著しく制限されるから、さらに大変だ。そんなわけでジッダでは、三度の食事もホテルで済ませ、練習取材を除いてはホテルの部屋でひたすら執筆という日々が続いた。

印象的だったサブ組の選手たちの言葉

サウジ戦は「自分にとっては消化試合ではない」と語る武藤は貪欲にゴールを目指す 【宇都宮徹壱】

 日本代表のジッダでのトレーニングは、現地に到着した9月2日の夕方からスタート。既報のとおり、チームを離脱した香川真司と長谷部誠を除く25名が元気に顔をそろえた。初日はトレーニングの前に、現地の日本人会の子供たちとの記念撮影。小さなファンから「おめでとうございます!」というW杯予選突破の祝福を受けて、選手とスタッフの表情が思わずほころぶ。ハリルホジッチ監督も、子供たちひとりひとりにハイタッチしてご満悦の表情であった。その後は、オーストラリア戦でのスタメン組とサブ組に分かれての軽めの調整。2日目以降は冒頭15分のみの公開となった。

 トレーニング後の選手たちのコメントを拾ってみて、特に印象的だったのが予選突破を決めた瞬間をピッチ上で迎えられなかった選手たちの思いである。この件については、本田圭佑ばかりにスポットが当たりがちだが、他の選手たちも次のサウジ戦に向けて当然ながら闘志を燃やしている。酒井高徳は「プライドやモチベーションは、(オーストラリア戦に)出ていない選手にあると個人的には思います。自分もそういう意気込みでやっていきたいですね」と語れば、柴崎岳も「(出番があれば)今の自分を表現したいし、できると思う。それだけしか考えていない」としている。

 歴史的試合のメンバーリストにも名前が載らなかった、ベンチ外の選手たちはもっと切実な思いがある。日本中がW杯出場で盛り上がる中、彼らの立ち位置が極めて微妙なものであったことは想像に難くない。浅野拓磨や井手口陽介といった同世代の活躍に「チームとしていいことだと思うし、刺激も受けた」としながらも、「でも悔しいですね」と本音をにじませるのはDFの植田直通。一方、FWの武藤嘉紀も「(サウジ戦は)自分にとっては消化試合ではないですね。ゴールが出れば、自信になるしアピールになるから、ゴールを第一に考えていきたいです」と言い切る。

 W杯2大会を経験している最年長の川島永嗣は、予選突破後のサウジ戦について「今いる選手たちも、W杯に行ける保証がないのは分かっています。次の試合はW杯に向けての第一歩だと思う」と明確に位置づけている。代表は年内に4つの親善試合を行うと思われるが(すでに10月に国内での2試合を予定)、ホームはもちろんアウェーでも、今回のサウジ戦のようなテンションの高い状況は臨むべくもないだろう。もちろん、ハリルホジッチ監督も「W杯に向けての第一歩」として、この試合を捉えているはずだ。勝利を目指すのは当然として、果たしてどのような布陣で臨むのだろうか。本大会に向けたサバイバルが、間もなく始まる。
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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