【ボクシング】山中を狂わせた“倒すため”の闘争本能 進退は保留 続行ならネリとの再戦優先

船橋真二郎

相手のパンチも当たる中間距離に

右ジャブで距離をつかんだ山中。「倒せる」という闘争本能が、リスクの高い戦いへと繋がってしまった 【写真は共同】

 試合開始のゴングが鳴り、向かい合ったときの山中の感覚は「これなら、いける」だった。映像で見たよりもやりやすい。距離も戦いやすい。ジャブもしっかり当たる。そうなると本能が倒す方向に向くのが山中である。ステップは細かなバックステップで左を打ち込む間合いの調整に、右ジャブは左のタイミングを計るために働き出す。より位置取りは正面になり、距離は自分のパンチも当たるが、相手のパンチも当たる中間距離になっていく。

「それでも、(ネリが)入ってくるところに左を狙いやすかったですし、あの距離でも自分の感覚としては左のタイミング自体は合っていたので、当てるチャンスでもあったんですよ」と山中。2回終了間際にはネリに先に左を当てられ、連打で詰めてきたところに左を合わせ、逆にぐらつかせた。だが、3回終盤のパンチの交換は、どっちに転ぶか予想がつかないくらい、スリリングに感じられた。いかに山中に自信があったとはいっても、まだネリが元気な序盤はリスクが高かったかもしれない。

「期待してくれた方に申し訳ない」と涙

応援してくれたファンを思い涙を浮かべた山中 【写真は共同】

 ここ最近の山中はダウンを喫することもあり、被弾も目につくようになった。この11月で35歳。年齢を指摘する声もあがるようになったが、理由は決してそれだけではないだろう。

 今回、山中が意識した“足”の原点は初防衛戦の頃までさかのぼる。軽量級のビッグネームで山中との一戦に3階級制覇を狙っていたビック・ダルチニヤン(オーストラリア)にヒットアンドアウェーを機能させた。ポイントリードで迎えた最終回。陣営の作戦はリスクを冒さず勝ちに徹すること。初防衛戦で迎えた強豪相手に内容的にも見事な判定勝ちだったが、以前、専門誌で山中にインタビューする機会があったとき、「倒しにいかなかった自分に後悔した」と言っていたことがあった。その悔しさが“神の左”を命名されることになるトマス・ロハス(メキシコ)戦の戦慄KO劇につながったのだ、と。

 以降の山中のボクシングは、防衛を重ねるごとに、より倒すスタイルへと洗練されていったように感じる。その倒しにいく姿勢こそが防衛記録より何よりファンを惹きつけてきた山中の魅力だろう。

 会見の際、ずっと涙をこらえていた山中が嗚咽を漏らしたのが「期待してくれた方に申し訳ない」と抑えきれない思いを何度も伝えようとした3度目のことだった。

「自分の防衛のたびにこれだけ多くの方が応援してくれて。それに応えられず、喜ばせてあげられなかったことが……」

 そのあとは涙で言葉にならなかった。

本田会長も「ネリとの再戦しかない」

一夜明け会見では進退については保留。続行となれば、まずはネリとの再戦だ 【写真は共同】

 試合翌日、前王者となった山中の一夜明け会見が開かれた。

あらためて、周囲からの大きな期待に応えることができなかった悔しさを真っ先に語った山中は、今後について「ホテルで朝まで嫁といろいろ話し合い、いろいろ考えたが、すぐに答えは出せない。もう少し考えさせてください」と話し、その上で「(ネリ戦で)出し切っていない悔しさがあることは確か。自分では体は問題ないと考えているが、ここ最近、危なっかしい試合を見せている。それも含めて考えたい」とした。

 一時代を築き上げてきた山中の1戦1戦にかかるプレッシャーの重さ、覚悟がうかがえたのが「正直、自分の気持ちとしては今回納得のいく勝ち方ができれば、もういいのかな、と思っていた」と明かした言葉だった。

「(現役続行となれば)もちろん考えるところはネリだけ」と山中。本田明彦・帝拳ジム会長も「(山中が)やりたいと言ったら、ネリとの再戦しかない」としている。自分の心と体にとことん問いかけながら、じっくり結論を出す。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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