良血は忘れた頃に。トーセン。 「競馬巴投げ!第149回」1万円馬券勝負
有力馬主に北海道に招待されて……
[写真3]プロコスミア 【写真:乗峯栄一】
「往復飛行機代が一人7万、宿泊費、パーティー費用、ゴルフコンペ代が一人10万として、ええっと、7千万にはなる」
札幌の高級ホテルから貸し切りバス五台で出発すると、ぼくは座席に埋まりながらカネの計算ばかりしていた。
時々カメのように首を伸ばして、どういう人たちがいるのか窺う。何人かの調教師以外は知らない人たちばかりだ。でもダブルのスーツに金のブレスレット、「キャハハ」と笑う婦人の指にも大粒のエメラルド。カメは意気消沈して、また縮こまる。
「とにかくぼくが一番の貧乏なのは確かや」
臆病カメはカーテンで半分顔を隠しながら、長年の赤貧生活を恨む。
広大な牧場でのガーデンパーティーの間も「総工費数十億」とか「バレッツセール(アメリカの馬のセリ市らしい)で20万ドル、30万ドル……」というような雲の上の話がボンボン飛び交う。
ぼくら数人は、その晩、牧場の一角にあるオーナーの別荘に泊めて貰うことになった。オーナーは「冷蔵庫の中は何でも食べて飲んで、ゆっくりしていってくれたらいい」と言い残して、札幌に出る。そんじゃ、ということでビールを取り出して飲んでいると、絨毯の上にチョロッとこぼれた。見ると、結構立派そうな絨毯である。
「これ、モノ、よさそうですね」
執事とおぼしき人に聞くと「ペルシャ製です。2千万ぐらいでしょうか」と事も無げに言う。ぼくは必死でビールのシミを消す。
同じような絵が何枚も飾ってあるので、ビール片手に見て回る。「子供の落書きのようだけど、これも高かったりして、ハハハ」と言うと、「シャガールですね」と執事はまた事も無げに返答する。
シャガールがどれほど価値のものかは知らないが、開けっ放しの別荘に、無造作に何枚もの高級絵画が飾ってあるというところに、ぼくはショックを受けた。
こんな「遠距離通勤クラブ」は日本中探してもほかにはない
[写真4]パールコード 【写真:乗峯栄一】
ぼくの落ち込んだ姿を見て、馬産地に詳しい大阪のマスコミ人が誘いをくれる。静内はこのあたりの中心地である。ぼくも前に一度行ったことがある。しかしいくら中心地といっても、5分も歩けば繁華街は終わってしまう田舎町だ。クラブなんかある訳がないと、バカにしながら付き従う。
予想通り、その店も街灯の消えたデコボコ道に面していた。
「この店は、女の子たちが札幌から来てるんですよ」とマスコミ関係者は弾んだ声で言うが、ぼくは首を振る。札幌で干されたホステスが、集団でアパートでも借りているということだろう。「流浪の果て」という言葉さえ浮かぶ。悲しいことだ。
しかしドアを開けて驚いた。ちゃんと黒服のニイちゃんがいて、女の子も二十人ぐらい、それも若い子ばかりそろっている。
しかし一番驚いたのはそこではない。この女の子たちは毎晩札幌から貸し切りバスで片道二時間半かけて通っているというのである。「札幌から来ている」というのは札幌から流れ着いて静内で暮らしているという意味ではなく、「毎日札幌から通勤している」ということなのだ。こんな「遠距離通勤クラブ」は日本中探してもほかにはないはずだ。
閉店と同時に(閉店の様子を書けるということは、我々が閉店まで粘ったことも意味する)退出するホステスたちが、店に横付けされた大型バスにぞろぞろ乗り込んでいく。乗り込んだが最後、札幌まで深夜バスの中で眠り続けるのだという。
それでも女性たちにとっては札幌で働くより割がいいということだろうから、店の経費はその分だけ掛かるということになる。
「こだけの話ですけどね、あのオーナーが接待のために作った店らしいんですよ。だから採算は度外視なんです」
ぼくの頭にはまた、2千万のペルシャ絨毯と無造作に飾られた十数枚のシャガールが思い浮かぶ。
深夜の北の街の、人もめったに通らない田舎町で、ぼくはまた「カネの力」ということを考えてしまった。