ドルトCEOに聞くJリーグの進むべき道 「本物であることが最高のマーケティング」

里崎慎

クラブに流れる強烈な哲学

平均観客数が8万人を誇るジグナル・イドゥナ・パルク。ドルトムントのスタジアム戦略とは? 【Getty Images】

――ドルトムントの平均観客動員はNo.1ですが、集客で最も大切にしていることは何ですか?

 なぜあれだけの人が集まるのかを完璧に説明することはできません。どこかのやり方を、そのまま他のクラブに当てはめることもできないでしょう。たとえば、浦和が他のクラブよりも多くの観客を集める理由も説明できません。そこには浦和ならではの歴史的な要因があります。

 ドルトムントもそうです。われわれのスタジアムはオールドファッションですが、みんなから愛されています。それは“単なるスタジアム”だからです。われわれのスタジアムは多機能ではありません。人々はスタジアムの武骨なコンクリートを好み、ビールとソーセージを好み、2万8000の立見席(※黄色い壁として知られる南側サポータースタンド)を好む。多くの観客がその立見席に立ちたがるのです。

 ドルトムント(※人口60万人)はハンブルク(※180万人)やミュンヘン(※150万人)のような大都市ではありません。ドルトムントにはボルシア・ドルトムントしかないのです。ハンブルクやミュンヘンでは多くの娯楽があります。美しい街に湖、アルプスやスキー、パーティー……。ドルトムントはサッカーだけなのです。

 ヴァツケCEOのコメントからは強烈な“マーケティング哲学”が感じられる。ビジネス化、収益化という側面ばかりに目がいってしまいがちなビジネスサイドの人間からすると、どうしても戦略的なマーケティング施策の助言が先に立ってしまいがちだ。ドルトムントの再建を実現したヴァツケCEOが発する「“本物、オーセンティック”であり続けることが、結果的に最高のマーケティング施策となる」という言葉には、圧倒的な重みを感じざるを得ない。

 ヴァツケCEOが語った“本物”という言葉は、ドイツ語で“Echt”という。これはドルトムントのスローガンである“Echte Liebe”(真実の愛)にも含まれている言葉で、クラブの姿勢そのものを表しているのだろう。

スタジアムはクラブ所有、平均観客数が8万人超え

 一方で、ドルトムントはひたすらFM(フィールド・マネジメント)のみに注力しているわけではなく、収容人数8万人を超えるホームスタジアムというツールをBM(ビジネス・マネジメント)として大いに活用している。日本でもスポーツ庁が旗振り役となり、スタジアム・アリーナ改革が叫ばれているが、ドルトムントにおけるスタジアム戦略はどのようなものだろうか。

――8万人収容のジグナル・イドゥナ・パルクを今後、どのように投資し、活用していこうと考えていますか?

 われわれはサッカー以外でスタジアムをほとんど活用していません。なぜなら、ドイツ最高の芝生を守るためです。ドイツでは全チームのキャプテンによって芝の状態の投票が行われるのですが、われわれはしばしばNo.1に選ばれます。そのため、60%から80%のイベントはピッチの脇で行われます。それは芝を守るためで、コンサートのようなイベントを行うことはありません。

 では何をするのか。スタジアムにはホスピタリティーエリアがあり、そこでは毎日何かが行われています。メッセ(見本市)やコングレス(会議)、セミナーやパーティー。われわれは自前のケータリング会社を持っていて、毎日何かを催しています。しかし、コンサートのようなビッグイベントはありません。スタジアムツアーも重要なものの1つです。毎月5万人がツアーに訪れますから。

――スタジアムに関する諸権利について教えていただけますか?

 まず、スタジアムの所有権はクラブにありますので、ネーミングライツも当然、われわれのクラブの収入となる構造です。私の前任者がスタジアムを売却してしまったのですが、9年前に買い戻しました。スタジアムについても全く負債はありません。

 もともと、スタジアムを建てたのは市です。1972年に、74年のワールドカップ(W杯)のために建てられました。当時の収容人数は5万3700人でしたが、70年代から80年代にかけてドルトムントは2部に落ちるなど、それほど観客が見込めませんでした。そのためスタジアムはコストがかかりすぎ、民営化されました。

 その後、ドルトムントがスタジアムを買収して大幅に増築しましたが、その結果として12年前に破産寸前になりました。いまでこそ多くの人々がスタジアムを訪れていますが、15〜20年前の平均観客数は6万5000人ほどで、8万人を超えるようになったのはここ5年くらいのことです。

クラブフロントとチームは全く分かれていない

「人々を感動させること。タイトルを獲得すること。ヨーロッパのトップ10であること。負債が全くないクラブ」。ドルトムントの長期的な目標だ 【写真:ロイター/アフロ】

 ドルトムントにはさまざまな経緯があり、現在はスタジアムとクラブの一体経営が実現している。日本と欧州では法令や慣習が異なるために単純比較はできないが、アセット(資産)やライツのマネジメントはやはり重要だと気付かされる。

 最後に、マネジメントという観点から、ブンデスリーガにおいて求められている「50+1ルール」(地域住民等で構成される非営利法人がクラブの株式の過半数を持たなければならないというルール)が経営に与えている影響や、FMとBMのコミュニケーションといった、クラブマネジメント・ガバナンス手法について聞いてみた。


――日本ではクラブフロントとチームが分かれているため、連携がうまく図れずに苦労しているクラブが散見されます。ドルトムントの場合はどうですか?

 簡単ですよ。クラブフロントとチームは全く分かれていませんから。私も試合には必ず行きますし、練習もだいたい見ています。ほとんどの選手と個人的な関係が築けていますし、チームとクラブフロントが分かれているということはありません。

ドルトムント広報 ヴァツケさんは今みたいにジャージで練習場に立っているんです(笑)。

――日本ではほとんどないことですね(笑)。

 日本ではもっとヒエラルキーが明確なのでしょう。

――「50+1ルール」はクラブ運営にどのような影響を与えていますか?

 難しい質問ですね。なぜならプラスとマイナスの影響があるからです。レアル・マドリー、バルセロナ、バイエルンは「50+1ルール」を満たしながら、多くの成功を収めています。マンチェスター・ユナイテッド、パリ・サンジェルマン、リバプールはルールを満たしていませんが、同じく多くの成功を収めています。「50+1ルール」はモダンなルールではないと言う人もいます。しかし、私はレアル・マドリー、バルセロナ、バイエルンがモダンなクラブではないとは思いません。

 ドルトムントはたとえ最後の1人になっても、「50+1ルール」を守るクラブであり続けます。われわれは企業クラブにはなりたくないのです。大企業がやって来て、われわれをスポンサードしたいと言ってくれれば喜んで迎え入れます。その会社が倫理的な条件などを満たしていればね。でもそれだけです。もっとお金を出すからもっと口出ししたいということになれば、「ありがとうございました。さようなら」と告げます。

――ドイツ人も「50+1ルール」がモダンでないと考えている人がいるのですか?

 そういう人もいます。大多数はまだそう思っていません。レッドブルが背後についているライプツィヒはお金を持っていますし、成功を収める可能性があります。成功から遠ざかっているクラブには、大企業がやってきて「成功を約束しますよ!」というケースが多くあるのです。

――ドルトムントの長期的な目標はどこにあるのでしょう?

 人々を感動させること。タイトルを獲得すること……。バイエルンほどは望みませんがね。ヨーロッパのトップ10であること。そして、サッカー界でほとんど例を見ない、4億ユーロ(約519億円)の売り上げを出しながらも負債が全くないクラブであることです。

 日本が四半世紀前にJリーグを立ち上げる際に手本としたブンデスリーガでは、スポーツ文化に支えられた総合型地域スポーツクラブを中心に、世界的な集客を誇るリーグを作り上げてきた。そのブンデスリーガも06年の自国でのW杯を機に全国的に行われた国内スタジアムの改修・新設を起点に、右肩上がりの発展を遂げている点は無視できない事実だ。世界一の集客を誇るクラブのCEOからの示唆は、東京五輪を控える今後の日本のスポーツビジネスを考える上で、ひとつのヒントになるのではないだろうか。

(通訳・構成:山口裕平)

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著者プロフィール

デロイト トーマツファイナンシャルアドバイザリー合同会社 シニアヴァイスプレジデント。デロイト トーマツ グループにてSBG(スポーツビジネスグループ)を立ち上げ、プロスポーツビジネスを中心に、日本におけるスポーツビジネスマーケット創出への取り組みに従事している。毎年デロイトトーマツが独自に発表している『J-League Management Cup』の制作にも携わっており、Jリーグのビジネス化推進のための活動を続けている

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