「偉大なボス」か「優れた戦術家」か? 結果を残し続ける、名監督の条件

片野道郎
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提供:スポナビライブ

「優れた戦術家」の側面がより重要な時代へ

サッキ(左)らの登場によって、現代サッカーはより戦術が重要になっていった 【写真:アフロ】

 その中にあって、すでに70年代から「トータルフットボール」というコンセプトを掲げ、その実現に焦点を合わせたフィジカルや戦術のトレーニングメソッドを確立していたミケルスは、いま振り返っても革命的な監督だった。

 マンツーマンの“デュエル”がプレーの基本だった時代に、組織的な戦術によってそこに優位性を作り出すというアプローチを持ち込み、アヤックスとオランダ代表で歴史に残る結果を残したミケルスは、「優れた戦術家」であることを通して名監督と呼ばれた初めての存在であり、その意味でジョゼップ・グアルディオラやジョゼ・モウリーニョという現代の名将たちの源流とも言えるだろう。

 その間をつなぐのは、80年代末にミランを率いて、「4−4−2」のゾーンディフェンスとプレッシングによってマンツーマンの時代に終わりをもたらしたアリーゴ・サッキだ。

 それと比べれば、70年代から00年代まで足かけ30年近くにわたって第一線で活躍し、ユベントス、バイエルンなど4カ国5チームでリーグ優勝を勝ち取ったジョバンニ・トラパットーニや、90年代から00年代にかけてマンチェスター・ユナイテッドの黄金時代を築いたサー・アレックス・ファーガソンは、むしろバスビーやステイン、ペイズリーの系譜に連なる「偉大なボス」という側面の方が強いと言えるかもしれない。

 もちろん、グアルディオラやモウリーニョ、そしてカルロ・アンチェロッティという現代の名監督たちも、選手たちから人望を集める「偉大なボス」であることに変わりはない。しかし、それ以上に彼らを名監督たらしめているのは、やはり「優れた戦術家」であるという側面の方だろう。というよりも、現代サッカーにおいては、個々のプレーヤーの質だけでなくチームとしての組織的な戦術において優位性を作り出さない限り、「チームを勝たせる」ことは不可能になっているということだ。

際立った柔軟性を持つアンチェロッティ

「オーダーメイド」のチームを作り上げるアンチェロッティ(左)は、際立った柔軟性を持つ戦術家だ 【Bongarts/Getty Images】

 グアルディオラは、ピッチ上にくもの巣を巡らせるようなボールポゼッションと、ボールを失った時のアグレッシブかつ迅速なプレッシングを組み合わせたスタイルをバルセロナに植え付け、ミケルスの「トータルフットボール」、サッキの「4−4−2ゾーン&プレッシング」と並び称される革命をもたらした。

 その後に率いたバイエルン、そしてマンチェスター・シティでも、師ヨハン・クライフがミケルスから受け継いだ「トータルフットボール」のコンセプトを守りながら、与えられた環境と戦力に合わせた新たな形でそれを実現しようという、意欲的かつ先進的な戦術的試みを積み重ねている。

 モウリーニョは、母国ポルトガルで生まれた戦術的ピリオダイゼーション理論を導入した統合的なトレーニングメソッドと、相手のサッカーを徹底的に研究し緻密な対策を準備するというプラグマティック(実利的)なアプローチで、ポルトガル、イングランド、イタリア、スペインの4カ国でリーグタイトルを勝ち取った。

 アンチェロッティは、2人と比べれば「偉大なボス」という側面、すなわちチームマネジメントの手腕に焦点が当たる度合いが強いかもしれない。よく知られている通り、アンチェロッティは選手に対して高圧的に接したり、プレッシャーをかけて追いつめたりするタイプの監督ではない。監督と選手というお互いの立場を守りながらも、選手との対話を重視し、積極的なコミュニケーションを通じて、一種の共犯関係に近い親密な信頼関係を築くというのが、一貫して採用してきたアプローチだ。 

 しかし彼の真骨頂は、どんなチームを率いても、そこにいる選手の特徴に応じたシステムと戦術を「オーダーメイド」で準備し、そのポテンシャルを最大限に引き出して結果を出す「優れた戦術家」としての際立った柔軟性にこそある。

 レアル・マドリーでこそリーグ優勝を逃したものの、イタリア、イングランド、フランス、ドイツの4カ国でリーグタイトルを勝ち取り、さらにチャンピオンズリーグを3度も制覇しているという実績、そして20年以上にわたるキャリアを通して何のタイトルも争えない全面的な失敗のシーズンを送ったことがほぼ皆無という安定性は特筆すべきものだ。

「偉大なボス」であると同時に「優れた戦術家」であり、それらを通してコンスタントに結果を積み重ねていく。それが現代における名監督の条件だという結論は、あまりにもありふれているかもしれない。しかし、それを満たしている監督が指折り数えるほどしかいないというのもまた事実なのである。

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著者プロフィール

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。2017年末の『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)に続き、この6月に新刊『モダンサッカーの教科書』(レナート・バルディとの共著/ソル・メディア)が発売。

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