人々の記憶に刻まれた「CL奇跡の逆転劇」 勝者の陰に、身を削るような失望と落胆が

片野道郎
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提供:スポナビライブ

ハーフタイムは「何もかもが理想的だった」

「スポーツの舞台では、理屈では説明のつかないことが起こり得る」とスポーツ心理学者のデミケリスは言う 【Getty Images】

 アリゴ・サッキ監督の時代からミランのほとんどの試合でチームと行動を共にしてきたデミケリスはこう続ける。

「ロッカールームに戻ってきた選手たちは、集中し切っていた。水分を補給したり、汗をかいたユニフォームを着替えたりする実務的な時間の後、カルロが選手を集めて話し始める。『まだ試合は半分しか終わっていない。イングランド人がこういう時でも絶対に諦めないことはよく分かっているだろう。前半の最後の方はちょっとプレーが雑になっていた。ここからが本当の勝負だ。やつらにつけ入る隙を絶対に与えるな。後半の頭から4点目を取りにいって試合を決めるんだ――』そう語るカルロの言葉を、選手たちはひとことも逃さず、食い入るような表情で聞き入っていた。

 気が緩んでいたなんてとんでもない。この試合がどれだけ重要な試合なのか、リードした試合で気を緩めたらどんなことになるのかは、彼ら自身が誰よりもよく、肌身で知っている。選手たちの表情、ロッカールームを支配する空気。何もかもが理想的だった。

 その証拠に、カルロが話を終えると、選手たちはお互い口々に『あの場面ではどうだったから、あそこを修正しよう』『もっとこうした方がいい』というようなことを話し合い始めた。これも非常にいい兆候だった。

 その後に何が起こったのかは、ご存じの通りだ。私は、心理学的な観点からそれを説明する術(すべ)を持っていない。スポーツの舞台では、理屈では説明のつかないことが起こり得る。われわれはそれを受け入れながら、しかし勝利を勝ち取るために必要なあらゆる努力を徹底して続ける以外にはないんだ」

逆転劇の裏側には、それを喫した側の悲劇がある

「イスタンブールの奇跡」から2年後、ミランは宿敵リバプールともう一度CL決勝を戦い、今度は2−1の勝利で雪辱を果たす 【Getty Images】

 ガットゥーゾは、ピッチ上で戦った当事者として、試合をこう振り返った。

「前半は100点満点の200点だった。あれ以上の試合を見せろと言われても、おそらく無理だろうと思う。前半の俺たちはそのくらい完璧だった。ハーフタイムのロッカールームでは『やつらは絶対諦めない、そういうやつらだ。だからもっと点を取って完全にたたきのめすんだ』と言い合っていたよ。後半の立ち上がりだって全然悪くなかった。4点目が決まらなかったのは、単なる偶然でしかなかったように思えた。

 でもその次の瞬間、気がついたらもう3点取られてたんだ。あの3点は俺たちからのプレゼントだった。どうやってあの3つのゴールを決めることができたのか、リバプールの連中もよく分かっていないはずだ。

 同点になってからも、俺たちの方がずっといい戦いをしたし、どう考えても勝ってしかるべきなのは俺たちだった。あの試合を見た人なら、リバプールよりもミランの方がずっと強かったと言われて、それは違うとは言わないはずだ。リバプールファンは別かもしれないけどな。でも、俺たちはカップを持ち帰ることができなかった。そんなことがあっていいはずがないにもかかわらずね。

 試合が終わった後、葬式みたいな雰囲気のロッカールームに戻って、俺はそのまま床に倒れ込んだ。次に気がついた時には、部屋はもうほとんど空っぽだった。1時間近く、寝込んでいたんだ。全身の力が抜けて、ほとんど仮死状態だったんだ。もちろん仮死状態というのはもののたとえだけれど、フットボーラーとしての俺はすべての力を失っていた。一度手に入れたはずの勝利が、気がついたらあんな形で逃げ、消え去ってしまったんだ。あの気持ちは経験しない限り分からないだろうと思う」

 アンチェロッティは、試合後のロッカールームでチームにこう言ったという。

「勝つ資格があったのはわれわれの方だ。この借りを返す日は必ずやってくる」

 その日がやって来たのは2年後、07年5月23日のアテネだった。ミランは宿敵リバプールともう一度CL決勝を戦い、今度は2−1の勝利で雪辱を果たす。99年のカンプ・ノウでマンチェスター・ユナイテッドに苦杯をなめさせられたバイエルンも、やはり2年後の01年にはミラノでバレンシアを下して、76年以来、25年ぶりに欧州王座に返り咲いている。

 奇跡の逆転劇の裏側には、それを喫した側の悲劇がある。しかし、この身を削るような失望と落胆を乗り越えた先には、それを経験した者にしか得ることができない何かが待っているようにも見える。サッカーの神様は、ひどく気まぐれではあっても、それほど非情ではないのかもしれない。

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著者プロフィール

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。2017年末の『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)に続き、この6月に新刊『モダンサッカーの教科書』(レナート・バルディとの共著/ソル・メディア)が発売。

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