権力者に愛されたリゾートの街 コンフェデ杯都市探訪<ソチ篇>

宇都宮徹壱

W杯開催国で最も南に位置するソチ

ソチ五輪の聖火台とスタジアム。ソチ・オリンピック・パークは広大で、駅から30分は歩く 【宇都宮徹壱】

「ソチ行きの飛行機は、出発が4時間遅れになりました。理由? 知りません!」

 6月27日(現地時間、以下同)、モスクワのドモジェドヴォ国際空港。チェックインの際、さんざんカウンターをたらい回しにされた揚げ句、係員にこのように冷たくあしらわれてしまった。治安に不安はなく、コスト的にもリーズナブル、しかもスタジアムでの観戦環境も悪くない18年のワールドカップ(W杯)開催国ロシア。しかし時折、このような理不尽な目に遭うことも少なくないので、そこは慣れておく必要があるだろう。私も一瞬、腹立たしくも思ったが、すぐに「これが試合当日でなくて良かった」と考え直すことにした。

 FIFAコンフェデレーションズカップ・ロシア2017(以下、コンフェデ杯)は、25日にグループリーグすべての試合が終了。準決勝のカードはポルトガル対チリ(28日@カザン)、ドイツ対メキシコ(29日@ソチ)と決まった。次の目的地であるソチへの旅は、まずは飛行機に乗る客層の観察から始まる。出発当日、モスクワの気温は15度くらい。私は長袖ハイネックのシャツを着ていたのだが、ロシア人乗客の肌の露出度は老若男女問わず非常に高い。羽田から那覇に向かう観光客のイメージ、といえば想像できるだろうか。

 それにしても今回のコンフェデ杯の開催地の選定は、とてもよく練られていると思う。首都(モスクワ)、古都(サンクトペテルブルク)、エスニック(カザン)、そしてリゾート(ソチ)。申し訳ないけれど、秋田県ほどの面積しかない22年W杯開催国のカタールで、こうした開催都市の特色を打ち出すことは不可能だろう(総面積が約1475倍もあるロシアと比較すること自体、フェアではないかもしれないが)。いずれにせよ来年のW杯は開催国の多様性を存分に体感することになりそうだ。

 モスクワからソチまでは、2時間ちょっとのフライト。まだ20時前なのに、すでに空港周辺は夕闇が迫っている。この時期のロシアは「白夜」のイメージが強く、サンクトペテルブルクでは21時でもまだ明るい。かなり南まで来たんだなと実感する。ちなみにソチは北緯43度35分。日本でいえば、旭川市(43度77分)と小樽市(43度19分)の間くらい。それでも来年のW杯開催都市の中では、最も南に位置している。

スターリンの保養地から五輪開催都市へ

ソチの観光スポットは意外と少ない。黒海に面したビーチは砂利と小石ばかりでがっかりする 【宇都宮徹壱】

 ソチはロシア南部のクラスノダール地方に位置し、アブハジア共和国(もともとジョージアの自治共和国だったが事実上の独立状態にある。ロシアは独立を承認)に近い、黒海に面した都市である。人口は40万人弱。かつてはコルキス王国(グルジア人の最初の王国)、アブハジア王国、グルジア王国、そしてオスマン・トルコの支配を受け、カフカス戦争および露土戦争の結果、1829年に帝政ロシア領となった。やがてソビエト連邦時代となり、スターリンがこの地にダーチャ(別荘)を構えたことで、ソチは保養地としての確固たる地位を築く。ちなみにウラジミール・プーチン大統領も、当地に別荘を持っており、海外の要人をよくソチに招くことで知られている。

 ソチの名が世界的に知られるようになったのは、言うまでもなく14年の冬季五輪開催である。「夏のリゾート地」としてのイメージが強いソチだが、周囲にはカフカスの山々がそびえており、もともとクラースナヤ・ポリャーナ山岳地区にはスキーリゾートがあった。そして00年代から始まった石油価格の高騰により、にわかに裕福になったロシアは国家戦略として地方都市へのインフラ投資に乗り出すようになり、成長拠点のひとつに選ばれたのがソチであった。実はソチの開発は、冬季五輪開催前からの決定事項であり(開催が決まったのは07年)、五輪招致が決まったことでソチ・オリンピック・パークを中心とするスポーツ・インフラも整備された。

 オリンピック・パークの中心に据えられたフィシュト・スタジアムは、冬季五輪の開会式と閉会式で使用され、大会後はW杯向けにスタンドが拡張されて4万7659人収容となった。とはいえ人口40万人弱の都市に、このような巨大な施設を建設するのは、いかがなものかと心配してしまう(ソチにはトップリーグに所属するようなクラブもない)。だがそこは政府も織り込み済みで、ウインタースポーツはもとより、サッカーやテニスなどのナショナルトレセンとして利用することを見越した設計がなされているという。またF1のロシア・グランプリをはじめ、国際的なイベントの誘致にも積極的だ。

 もっとも来年のW杯で考えた場合、ソチはいささか難点の少なくない開催都市である。まずアクセスが悪いこと、そして観光スポットがほとんどないこと。前者については、中心街からバスと鉄道が走っているが、スタジアムまでは徒歩も含めて1時間半はかかる。また後者については、強いて挙げれば「黒海に面したビーチ」ということになるが、砂利や小石ばかりの狭いビーチでがっかりすること間違いなし。もしも来年のW杯で当地を訪れる場合は、「試合観戦だけに来た」と割り切って、スタジアムに近い空港周辺に宿泊することも考えたほうがよいかもしれない。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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