自滅的なドローに終わったイラク戦 日本を苦しめた猛暑と「3つの誤算」

宇都宮徹壱

立て続けに日本を襲った「3つの誤算」

大迫(左から2番目)の「イメージ通り」のゴールが決まり、早い時間に先制した日本だったが…… 【写真:ロイター/アフロ】

 キックオフ直後、現地の気温は37度を少し超えていた。日本の選手の多くは、このような酷暑での試合は高校時代の夏休み以来かもしれない。そんな中、日本は理想的な試合の入りを見せる。前半8分、前線で大迫が粘って得た右CKを本田が蹴り込み、大迫が後方に下がりながらニアサイドからバックヘッドでネットを揺らす。貴重な先制ゴールについて「イメージ通り」と語る大迫は、28分にも自らドリブルで持ち込み、ペナルティーエリアに侵入。相手DFに倒されたものの、主審の判定はノーファウルだった。

 この日の日本のゲームプランは、まず早い時間帯で先制し、その後は2点目を狙いながら自分たちでゲームをコントロールする、というものだった。しかし大迫がペナルティーエリア内で倒されたシーンは、前述のとおりPKとは認められず、むしろその10分ほど前から次第に雲行きが怪しくなっていった。左右からのクロスでイラクに揺さぶりをかけられ、セカンドボールを拾えずにシュートを打たれる場面が続く。早くも日本に疲れが見えた前半33分、恵みのような2分弱の給水タイムが入り、何とか悪い流れを断ち切ることができた。前半は日本の1点リードで終了。

 しかしエンドが替わった後半、日本は立て続けに「3つの誤算」に襲われる。いずれも選手交代にまつわるものだ。第1の誤算が起こったのが、後半14分。それまで中盤の底でアグレッシブに危機の芽を摘み取っていた井手口が、相手との接触プレーから後頭部を地面に強打してうずくまってしまう。なかなか試合が途切れない中、3分後に今野泰幸と交代。さらに日本ベンチは後半25分、今度は原口に代えて倉田秋を起用する。確かに原口は、やや消耗している印象はあった。しかし本人は「ああいう時間帯こそ、自分みたいな選手が頑張り切れるようなプレーができたと思う」と語っており、まだまだプレーできたことを暗に示唆している。この時点で2枚目のカードを切ったことが、結果として第2の誤算となった。

 そして第3の誤算は、吉田と川島の連係ミスを突かれて失点した後半27分、酒井宏がプレー続行不能となった時である。試合後の当人のコメントによれば、失点の3分くらい前から右ひざに違和感を覚えていたが「ずっとボールが切れなくて、切れたらもうしゃがもうと思っていた」そうだ。ようやく酒井高徳と交代できたのは、ピッチを離れてから4分後の後半32分。結局、日本は大切な3枚の交代カードのうち2枚を、戦術的ではない理由で使用することを余儀なくされる。ハリルホジッチ監督は「最後に速いFWを投入する」プランを持っていたそうだが、それもかなわぬままタイムアップ。灼熱の下での一戦は、日本とイラクが勝ち点1ずつを分け合うこととなった。

招集メンバー入れ替えの是非

若手にチャンスを与え、自覚を引き出すことも監督としての必要不可欠なミッションだ 【写真は共同】

「中途半端に次の試合(オーストラリア戦)に『引き分けでOK』というよりも、クリアになっていいのかなと思いますし、ポジティブに受け止めたいなと思っています。まあ、非常に悔しいですけどね」

 試合後に本田が語った通り、この試合で勝ち点1を積み上げてグループ首位を堅持した日本は、8月31日のオーストラリアとのホームゲームに勝利すれば、グループ2位以内を確定させてW杯出場が決まる。その意味では「W杯出場に王手」という見出しも決して間違ってはいない。ただし、この試合の当事者──すなわち、選手やスタッフ、そして遠くテヘランまで駆け付けたサポーターやわれわれメディアの人間も、その多くが勝ち点1という結果に100パーセントの喜びを見いだせずにいる。それは数字うんぬんよりも、相次ぐ誤算で勝ち点2を失ったことへの失望感が大きく作用しているからに他ならない。

 ハリルホジッチ監督は、この試合でのイラクの健闘ぶりをたたえた上で「日本が勝つべき試合だった」と総括している。それでも勝ち切れなかったのは、(1)猛暑によって予想以上に消耗したこと、(2)予期せぬアクシデントが連続して起こったこと、そして(3)指揮官が策に溺れたこと、以上3点に集約されるというのが私の見立てだ。(3)に関して一例を挙げるなら、シリア戦で離脱した香川真司の穴は、清武弘嗣を招集していればすぐに埋まっていたし、原口を無理にトップ下で起用する必要もなかっただろう(もちろん結果論ではあるが)。

 では今回のシリーズは、これまでと変わらない経験豊かな選手を優先的に招集すべきだったのだろうか。それについては、私の答えは否である。18年のW杯本大会を見据えるならば、出場機会の限られている若い選手にチャンスを与え、自覚を引き出すことも代表監督としての必要不可欠なミッションであると考えるからだ。現に吉田とコンビを組んだ昌子は今後に期待を抱かせるプレーを見せていたし、井手口と遠藤もボランチのバックアッパーとして次回も招集されるだろう。今回のシリーズでの若手抜てきの是非については、もう少し時間を置いてから評価する必要がある。

 それにしても今回の自滅的なドローは、果たしてハリルホジッチ監督ひとりに帰せられるものであろうか。前述したように、今回の試合時間の設定に関して、私は今でも疑念を拭えずにいる。そして9月5日のサウジとのアウェー戦は、紅海に臨むジッダで行われることが濃厚であり、この時期の現地の平均最高気温は37度に達する。常識的に考えれば試合は夜に行われ、時差が6時間ある日本では明け方での中継となるはずだ。それが万一、またしても日没前にキックオフ時間が設定されたならば、今度こそJFA(日本サッカー協会)はその理由を明確にファンに対して説明すべきであろう。

 3年前のW杯ブラジル大会初戦の時もそうだが(キックオフが19時から22時に変更)、日本代表の試合開始時間に関しては時折、不可解な決定がなされ、その結果サッカーファンは(そしてもちろん当の日本代表も)困惑するばかりであった。総力戦で挑まなければならないW杯最終予選。こうした試合以外でのモヤモヤ感は、この機会にぜひとも一掃してほしいところだ。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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