新人アロンソが挑む栄光への500マイル
今宮純のザ・ショウダウン

スペインGPから不眠不休のスケジュール

F1スペインGPから不眠不休のスケジュールでインディ500に挑むアロンソ
F1スペインGPから不眠不休のスケジュールでインディ500に挑むアロンソ【LAT】

 インディ500挑戦は壁との決闘だった。初めて4周アテンプト(予選アタック)に向かったルーキーのフェルナンド・アロンソは、ポールシッターのスコット・ディクソンに0.5793秒差。アロンソは予選5位、33台グリッドの2列目センターポジションを得た。


 左隣り(イン側)4位には佐藤琢磨と最前列の右前3位には昨年勝者アレクサンダー・ロッシ、アンドレッティのチームメート3人がそろった。2001年ミナルディからF1デビューのアロンソ、02年ジョーダンからの佐藤、F1ほぼ同期のふたりが第101回インディ500を並んでスタートする。


 5月3日、アロンソは異例なアレンジによって“専有走行"から取り組んでいった。88周計測ラップの73周目に最速222.548mphを記録。ピットストップ練習を含めた110周でルーキー・テストのプログラムをこなした。


 その後はF1スペインGPをこなし、日曜夜にプライベート・ジェットでインディアナポリスへ飛んだ。時差は6時間、翌15日12時から“新人&復帰ドライバー対象のセッション"が開始、不眠不休スケジュールだ。

レース距離の2倍半をこなす

ファンと一緒に写真を撮るフェルナンド・アロンソ
ファンと一緒に写真を撮るフェルナンド・アロンソ【LAT】

 1974年まで、モナコGPとインディ500(5月最終月曜日)は開催日程がずれていた。かけもち出場例としては68年のデニス・ハルム(前年F1王者)、大西洋をまたぎモナコで5位、インディで4位に。


 なかでも有名なのは65年にモナコを欠場してインディ500に勝ったジム・クラーク(2度のF1王者)だが、クラークは63年予選5位/決勝2位、64年にはPP/リタイアと、実は3度目の挑戦であった。偶然にもアロンソは63年初参戦のクラークと同じ予選5位(個人的にその“5位"をターゲットと想定していたらそうなった)。


 アロンソは15日から19日までフリー走行を精力的に最多452周、3日の専有走行を含めるとレース距離のおよそ2倍半をこなしたことになる。以前はこのインディ500の1戦に、ほぼ1カ月もの事前スケジュールが組まれ、65年のクラークはずっとここに滞在していた。

ルーキーらしく謙虚な姿勢

 15日からインディに専念したアロンソ、フリー走行のベストは231.827mph、38秒8220(5日目)で予選を上回るものだ。全体ベスト1位は予選でクラッシュしたセバスチャン・ブルデー、2位はエド・ジョーンズ、3位はライアン・ハンターレイ、4位は佐藤琢磨。着実に上位グループにつけ、グループラン(トラフィック)もチームメートたちとこなした。


 アテンプトという予選4周連続アタックで、アロンソは38秒9420 → 38秒8870 → 38秒8811 → 38秒9322。合計タイムは2分35秒6423、平均速度231.300mphで終えた。


 直前にホンダ・エンジン交換を余儀なくされ、2周目にターボ・ブースト異常による症状が出たが冷静にタイムを刻んでいったところに、とっさの対応力を感じた。


 最後のフリー走行・金曜ではリヤ・ウイング左右にある“フラップ"を外しているのが視認できた。おそらく予選に備えダウンフォースを削ったのだろう。4位タイムだがリヤが若干不安定、土曜予選初日から左フラップを装着する方向に変えていた。


 特有の風が舞うコース、4つのコーナー路面温度がすべて違う、温度や湿度による“エアロ・バランス変動"もF1以上にシビアなのがインディ500。ルーキーらしく彼は謙虚にすべてを学んでいった。

F1速報
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