稀勢の里、ケガ癒えぬ今こそ進化の好機 元隆乃若が初日の取組を分析
嘉風に為す術なく黒星
奇跡の逆転優勝から早2カ月。5月場所は難敵・嘉風に押し出され黒星発進となった 【写真は共同】
3月場所の負傷直後と同様、左の胸から腕にかけてテーピングを巻いて土俵に上った横綱だが、力強い柏手などの所作からは回復もうかがわせた。立ち合いはこわごわした様子はなく左肩から当たったものの、その後は腰高な姿勢のまま嘉風の圧力を受けてずるずる後退し、土俵際で逆転を狙った突き落としも不発。良いところ無く土俵を割ると、満員御礼の両国国技館はため息に包まれた。
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こう語るのは元関脇の隆乃若さん。端正なルックス、190センチと恵まれた体格からイケメン力士として人気を集めた。現役時代は旧鳴戸部屋(現田子ノ浦部屋)の所属で、稀勢の里は弟弟子にあたる。
稀勢の里を入門時から知る隆乃若さんに、初日の取組を分析してもらった。
“らしさ”欠いた稀勢の里
元関脇の隆乃若さん。兄弟子の目に、この日の稀勢の里の取組はどう映ったのだろうか 【スポーツナビ】
「おっつけは腕や胸だけでなく、脚を使い、腰を使い、体幹を使うものです。ですが、痛みや恐怖心があれば、影響が無いというわけにはいきません」
実際に初日の取組では立ち合いから左肩で当たったものの威力は不十分で、177センチ、145キロと力士としては小兵の嘉風にスルスルッと中に入られてしまった。
「結果論になってしまいますが、安易に左を差しにいくよりは、頭からガツンと当たって、何発か突いてから捕まえにいくという立ち合いの方が良かったかもしれません。稀勢の里は強烈な突き押しも持っていますから。ただ、もしかするとそういった相撲をまだ取れない状態なのかもしれませんね」
気になったのは攻め手だけではない。守勢に回ってからの横綱にも、いつもの“らしさ”は見られなかった。「先場所も土俵際まで追い詰められる危ない相撲というのは何番もありましたが、そこから非常に重い腰で残し、逆転して星を拾っていました。しかし今日はまったくその姿を見ることはできなかったですね」
粘り腰を欠いた原因のひとつに、隆乃若さんは「稽古不足」を挙げた。横綱が関取衆との稽古を始めたのは、場所まで2週間を切ってから。相撲界を見渡せばその時期から追い込んで仕上げる部屋が多いというが、稀勢の里の田子ノ浦部屋は、年中通して関取同士で激しい稽古を行う伝統で知られている。3月場所を終えてからケガの回復に努めた横綱は、あまり経験のない急ピッチでの調整を経て今場所に臨んだ。
「本人は四股や体幹トレーニングをして体を鍛えていたと思うのですが、土俵のなかで実際に相撲をとる稽古も重要です。(相手との間合いや相撲感といった)バランスは本当に微妙な、些細なところで崩れてしまうんです」
理想は魁皇の右上手
不安感を払拭するためにも序盤戦が重要と語る隆乃若さんが、2日目以降に向けてまず指摘したのは「腰高、脇の甘さ」という悪癖の修正。「左が万全ならばそれでも逆転することができますが、それができないとなると厳しくなるので、とにかく後手に回らず、前に攻める意識が大切だと思います」
そしてもうひとつ、ケガの今だからこそ意識してほしいというのが「右の使い方」だ。
「左が100パーセントでない以上、稀勢の里の課題である右からの攻めに期待したいです。突きを生かしながら左を差して、右上手を絞りながらいつもより浅い位置で取る。理想は魁皇さん(元大関、現浅香山親方)のような右上手の取り方。こういう使い方ができるようになれば、今後ますます地力が高まります。出場すると決めた以上、今回のケガをある意味チャンスだと捉えて頑張ってほしいですね」
優勝を争うライバルである白鵬は1年ぶりの賜杯を目指して白星発進、そして大関取りが懸かる同部屋の高安も初日、急成長中の大栄翔を圧倒した。あとは奇跡の逆転優勝から2カ月、3連覇を狙う稀勢の里が波に乗ることができるか。今場所の盛り上がりも、在位2場所目の横綱に懸かっている。
(取材・文:藤田大豪/スポーツナビ)
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