歴代2位で並ぶ鳥谷と金本監督を比較 1766試合連続出場、その道のりの違い
叩き上げの金本、野球エリートの鳥谷
両者はともにチームの主力として戦い続けた(写真は2008年のクライマックスシリーズ) 【写真は共同】
広島出身の金本は、広陵高に進学するも甲子園出場なし。その後、1浪の末に一般入試で地方の東北福祉大に入学。そこで名を上げ、ドラフト4位で広島に入団した。初めてシーズン100試合以上に出場したのはプロ4年目。連続出場が始まったのは7年目という遅咲きだ。
一方の鳥谷は、聖望学園高(埼玉)で3年夏に甲子園に出場したのち、名門・早稲田大に進学。2年時にリーグ3冠を獲得した後、東京六大学でリーグ4連覇に貢献した。プロ入りの際には複数球団が獲得競争を繰り広げた末に自由獲得枠で阪神に入団。1年目の開幕戦から先発出場を果たし、同年9月から全試合出場をスタートさせている。
途中、移籍も経験した末に43歳で1766試合に到達した金本に対し、鳥谷は生え抜きのまま35歳で達成。どちらが“正解”というものはないが、プロ入り前に「阪神のショートは10年安泰」と言われた期待に見事に応えてきた鳥谷のことは、あらためて評価すべきだろう。
3年後、歴代トップとなった際には…
歴代最多記録は、衣笠祥雄(元広島)の持つ2215試合。鳥谷がこのまま出場を続ければ3年後、2020年のシーズン開幕直後に追い抜くことになる。サード転向でスタメンの座はしばらく安泰。3年後、鳥谷は39歳を迎えるシーズンとなっているが、今季の充実ぶりを考えても十分に実現可能だ。
金本の記録がストップしたのは11年の4月15日。中日戦の8回2死一塁から代打で打席に立つも、一塁走者の俊介が盗塁失敗したために打席未完了のままイニングが終了。その後、守備にも就かなかったことで連続出場記録がストップした。そのような“アクシデント”も、スタメン出場を続けていれば起きることはない。
怖いのはケガ。それさえなければ、守備でもまだまだ貢献できる鳥谷の新記録樹立は当確と見ていい。
個人の記録よりもチームの勝利を優先し、歴代2位タイの記録では普段通りのクールな表情を崩さなかった鳥谷だが、では3年後、歴代トップとなった際にはどのような反応を見せるのか。一歩ずつ、1試合ずつ、楽しみは積み重なっていく。
(三和直樹/ベースボール・タイムズ)