“パイオニア”SC軽井沢の挑戦 男子カーリング、20年ぶり五輪出場へ

高野祐太

次の20年へのバトン

98年長野五輪において、僅差で準決勝進出を逃し、泣き崩れる敦賀信人(右)。この試合を観戦していた両角兄弟に与えた感動が、今回の五輪出場権獲得につながった 【写真は共同】

 他方で、もう一つの意義を20年前の長野五輪に見いだすことができる。ここには日本のカーリング人気が生まれた原点がある。それは決勝トーナメントを懸けた米国との接戦、勝利がどちらに転ぶか分からない手に汗握る戦いにあった。

「1点取った方が勝ちという最終エンドでハウス内に3つ、4つと石がたまる展開になりました。会場内の応援の一つ一つが私たちのプレーに不思議な力を与えてくれていました。私は応援のひと言が自分の力を高めてくれていると感じていました。最後は米国にスーパーショットを決められ、日本は負けてしまうのですが」

 そんな熱狂に包まれた会場にいたのが、まだ子供だった地元出身の両角兄弟だった。彼らはそのときの感動を胸に世界を志し、今の活躍につなげている。ならば、同様の世代間のバトンタッチが来年2月にも起こり得る。近江谷さんが言う。

「平昌五輪を小さい兄弟が見に行って感動してまた続くということだってあるかもしれませんね。そういう意味で、メダルと同時に面白い試合内容をしてくれることが今後につながるのだと思います」

 SC軽井沢クラブの選手たちが常々語っているのも「子供たちに男子カーリングの面白さを伝えられたら」という日本のカーリング界の将来展望だ。

 20年の時を経て、日本のカーリングはつながってきた。そして、次の20年に向けてつながっていく。「20年ぶりの五輪出場」の「道を切り拓いた」SC軽井沢クラブは、来年2月の平昌で「次世代へ受け継ぐ」という意義を追求する権利を得たのだ。

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著者プロフィール

1969年北海道生まれ。業界紙記者などを経てフリーライター。ノンジャンルのテーマに当たっている。スポーツでは陸上競技やテニスなど一般スポーツを中心に取材し、五輪は北京大会から。著書に、『カーリングガールズ―2010年バンクーバーへ、新生チーム青森の第一歩―』(エムジーコーポレーション)、『〈10秒00の壁〉を破れ!陸上男子100m 若きアスリートたちの挑戦(世の中への扉)』(講談社)。

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