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侍戦士、甲子園での活躍をプレイバック
〜あの時君は若かった〜
第4回WBCに出場する侍メンバーの高校時代を甲子園動画とともに振り返ります(左は大阪桐蔭1年夏に甲子園で登板した中田、右は侍ジャパンで主軸を打つ中田)
第4回WBCに出場する侍メンバーの高校時代を甲子園動画とともに振り返ります(左は大阪桐蔭1年夏に甲子園で登板した中田、右は侍ジャパンで主軸を打つ中田)【写真は共同】

 16の国と地域で野球世界一を争うワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の第4回大会が6日の韓国ラウンドから開幕する。2大会ぶり3度目の世界一を狙う侍ジャパンは日本プロ野球界を代表するメンバーがそろった。


 そしてWBCの裏側では3月19日から甲子園球場を舞台に春のセンバツ高校野球が開幕する。日本のスター選手が集まった侍ジャパンにとっても、甲子園はスターへの登竜門。果たして侍ジャパンの面々は甲子園でどのような輝きを見せていたのか。


「あの時君は若かった」と題して、甲子園での動画とともに侍ジャパンメンバーの高校時代の活躍を振り返る。

衝撃的だった平田の3発

 動画として見応えがあるのは、大阪桐蔭トリオだろう。年齢順にいくと、まず平田良介。2005年夏準々決勝、東北戦にはあきれるほかなかった。まず2回、浜風に乗ったこの大会自身2本目をレフトへ放つと、4回には弾丸ライナーを左中間に。当時のスコアブックに「キューピー上」と書いてあるように、いまも左中間にあるキューピーマヨネーズの広告看板の上に飛び込んだ。7回の第4打席では、逆転の2ランをバックスクリーン右へ。1試合3本塁打は1984年、清原和博(当時PL学園)に並ぶ大会記録だ。


「この日の自分は、なにかをやりそうだった。偉大な記録に並んで、光栄に思います」という平田の口調は、清原というより桑田真澄風で、ややゆったりとたおやか。いやいや、並んだどころじゃないのだ。チームが逆転された5回には、あと1メートルでスタンド入りのライトフェンス直撃二塁打で、終わってみれは4打数4安打の5打点。1試合14塁打は清原らを抜く新記録で、そもそも清原の時代はラッキーゾーンがあったから、スタンドイン3発は史上初めてだ。また前年のセンバツでも1発放っている平田は、この試合で甲子園通算5本塁打。92年のラッキーゾーン撤廃後は、当時では鵜久森淳志(済美/東京ヤクルト)に並ぶ本塁打王だ(現在は高校の後輩で埼玉西武・森友哉も5本)。

楊順行
楊順行

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。高校野球の春夏の甲子園取材は、2019年夏で57回を数える。

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